Pass each other



 夜。
「これでどうだ!」
 エイプリルの前に酒瓶をドンと置く。
「……奮発したな」
「私が出せる範囲で一番良いものを選んだ」
「昼間のあれのせいか」
「違う……と言えば嘘になる」
 ……トランの祈りは届かなかったようだ。
 クリスはトランの言葉を本命と浮気ととったらしい。
 ノエルが本命で自分が浮気だというのはもちろん嫌だし、たとえ自分が本命でノエルが浮気だとしても嫌だ。
 浮気なんて不誠実なことと思うと同時に、トランには自分以外見てほしくない。
 ……トランにそんな器用なことが出来るわけがないということをすっかり忘れているようだ。
「やれやれ」
 エイプリルにはトランの真意は通じていた。
 あの男のノエルに対する"好き"は親愛によるものだ。彼は妹のようにノエルを好いているのだろう。
 もしエイプリルがトランに自分のことが好きかと問えば、ノエルに対した時の微笑で同じように答えるだろう。
「エイプリル? 教えてくれるんだろう。お、男の誘い方を」
「そうだったな。で、お前はネコとタチ、どっちがいいんだ?」
「猫? 太刀?」
「……攻められるのがいいのか、攻めるのがいいのか」
「あ? ああ! そういうこと! 男としてはヤる方がいいと言うべきかもしれないけど……どっちでもいいんだ。……経験ないしな」
「女とも?」
「ない!」
 ……力強く言い切るのはどうかと思う。
「弱ったな……」
 ヤるにしてもヤられるにしても、どちらかに負担がかかる。手解きしてやると言われてもクリスは断るのだろうし。……せめてトランに経験があることを祈ろう。
「エイプリル? 私はヤり方を訊いてるわけじゃないんだが」
「ああ、そうだったな。とりあえずこんな物はどうだ」
 エイプリルがテーブルに置いたのは小さなガラスの瓶だった。手のひらに収まる程度の大きさの瓶の中には薄桃色の液体で満たされている。
「まさか……いかがわしい薬じゃ」
「いや、単なる香水だ。……ただし女物のな」
 瓶の蓋を開け、香りを確かめてみる。ほのかな甘さを感じさせる良い匂いだ。
「いい匂いだな」
「香水はな、男物なら女の、女物なら男の好む香りをしてるんだ」
「そうなのか」
「俺が勝手にそう思ってるだけだがな。……でもそれはお前にとっていい匂いなんだろ」
「ああ」
「なら同じ男であるトランにもいい匂いに感じるんじゃないか」
「でもいい匂いにしてどうするんだ」
「直接どうなるってわけじゃないが、雰囲気作りには役立つだろ」
 そういうものなのだろうか。
 ……でもトランからいい匂いがしてきたら……ちょっとクるかもしれない。
「あとは一緒に風呂に入るとか、会話の最中にさりげなく触るとか、真っ裸でトランのベッドで待機とか……」
「は、裸で待機!? それに触るってどこに!?」
「……女に言わせる気か?」
「いや、いい! わかったから!」
 ああ、顔が熱い。自分はこんなにも赤くなっているというのに、彼女は平然としている。
 エイプリルがスゴいのか自分が情けないのか……。多分、両方だろう。
「それで駄目なら、直球でヤりたいと言うんだな」
「それが言えたら、こんな苦労はしてない」
「他の方法もあるが、ハードだぞ?」
「……が、頑張ります」
 今教えてもらった方法でもかなり恥ずかしいのに、これ以上なんて絶対ムリ!
「……行ってくる」
「ああ。頑張れよ」
 耳まで赤くしたクリスを見送って、ポツリとエイプリルが呟いた。
「やれやれ。どうなることだか」




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Scribble <2009,05,03>