History not chosen
History of dividing U
意識を失った魔術師はかろうじて息があるようだった。彼は死にひんしていたが、とどめをささなければ一命をとりとめることも可能だろう。
「……隊長。彼は本当に悪なのでしょうか」
振り返ったゴウラは苦笑いを浮かべた。未熟な若い騎士のものだと思っていたその言葉は、なんと自分の右腕たる副長のものだったのだ。
「なぜ、そう思う?」
「彼は邪教徒のものとはいえ命を守るために戦っていました。そして最後まで自分の事ではなく仲間の事を案じていた。そんな男が本当に悪なのでしょうか……」
背後に控える部下たちも同意見のようだった。彼らは誰一人、異議を申し立てようとせず、黙祷をささげている。
ゴウラはトランに向き合うと呟いた。
「確かに殺すには惜しい男だ……」
……優秀だったのだな、この男は。
こんな短時間の間にこの場にいる神殿騎士全ての心をつかんでしまった。
「だが、この男は悪だ」
でも、だからこそ彼を悪と断定する。でなければ部下等の正義に影をささせることになる。
「本当に仲間の事を思うなら、誇りも何もかもをかなぐり捨てでも生き残らねばならなかった」
詭弁だ……。自分でもそう思う。
「だがそれをせず、身勝手に死を選ぶこの男は悪だ」
誰一人として納得できないようだった。
ああ、そうだ。こんな言葉、自分だって納得できない。
「もしこの男の命を救うというなら、それは神殿の意に背く事になる。お前達にその覚悟があるか……?」
ゴウラは剣を地面に突き立てると、部下達を見回し声を張り上げた。
「……その覚悟がないのなら今すぐ俺を神殿の名の元に斬り伏せろ!」
自分はマティアスの忠実なる騎士。だが自分の正義を曲げることなどできはしない。
「…………」
「…………」
沈黙が辺りを支配する。
部下達はためらうように自分と剣を見比べていた。
カシャン……
騎士の一人が剣をおさめた。それに連鎖して次々と武器をおさめていく音が響く。
ゴウラに刃を向けようとするものは一人たりともいない。騎士達全員が武器をおさめ、敬礼する。
「……全員、何らかの処罰がくだるな」
「覚悟の上です!」
「どんな処罰であろうとも我等の正義は曲げられません!」
部下達の威勢のいい言葉が、瞳に宿る強い意志の光が心強い。
そして副長が最後に全員の心情を代弁してきた。
「隊長、我等はどこまでもついていきます。そして……あなたについてきてよかった」
これほどまでの思いに応えられる言葉をゴウラは持ち合わせていなかった。だからただ深く、深くうなずいた。
「私が彼の傷を治します!」
癒しの術を持つ騎士が進み出て、ヒールを魔術師へかける。彼はまだ意識を取り戻してはいないが、傷は完治した。これで死ぬことはないだろう。
死ぬことはない。だが自分は今から彼の戦士としての命を断つのだ。
「彼は、どうするのですか?」
副長の言葉にゴウラは答えず、魔術師の腕からアガートラームを外した。それを彼に預け、地面に突き立てたままだった剣を手に持つ。
「もうすぐ、この場にマティアス様が来られる。その時彼がこの状態でいれば、あの方は自らの手でとどめをさされようとするだろう。だから……彼は戦えなくなる必要がある」
ゴウラは剣を片手にトランに歩み寄った。
「今から俺のすることは、お前の戦いを汚す事なのかもしれぬ。お前をさらなる苦しみの中に叩き落とすかもしれぬ」
大きく剣を振り上げる。
「だが俺は、お前を殺したくない……!」
ゴウラの剣が二度、振り切られた。
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Scribble <2008,08,16>