History not chosen
History of dividing V
パチパチと炎が燃え広がっている。
村を焼き滅ぼそうとする炎は神殿騎士によるものなのか、それとも他に理由があるのかはわからない。
ただわかるのは、もうここが人が住むに値しない場所に成り果てたのだということ。……自分達はこの村を守りきれなかったのだということ。
「トランさんが、倒れてますよ……」
茫然としたノエルの声。自分の血が頭に昇るのがわかる。
頭に血が上り、沸騰しそうなほど熱くなっているのに、背筋に寒気がはしる。
騎士達に囲まれ、倒れるトランに強烈な違和感を感じる。それがその寒気の正体だと、どこかで理解する。
「クリスどこに行く気だ! トランの犠牲を無駄にするつもりか!?」
「行かせてくれ、エイプリル」
これ以上ないというほどの蒼白な顔をしていながらも、その瞳には揺るぎなき意志が宿る。
そんな彼の意志にエイプリルは折れた。引き留めるためにかけていた手をどけ、目で促す。……行け、と。
クリスはうなずくと、ウィガールを脱ぎ、彼女に押し付けた。
「ウィガールとマビノギを頼む」
エイプリルはうなずいてウィガールを受け取ると、一人静かにその場から立ち去った。
「あ……あの……!」
「ノエルさん……あなたはここに隠れていてください。……トランは必ず私が取り戻します」
そのまま彼女の返事は聞かずに騎士達の前に姿を表す。
「……ゴウラ先輩」
「クリス、か……」
一瞬、ほんの一瞬だけ彼の目尻が安堵したかのように柔らかくなった。
しかしそれは気のせいだったのかもしれない。気づけばいつも通りの毅然とした態度。自分の知る兄弟子の顔だ。
「……素晴らしい魔術師だったよ。俺は彼と戦えた事を誇りに思う」
兄弟子の視線を追いかけて、トランへと自身の目線を移す。
そこでやっと自分の感じていた違和感の正体に気付く。
違和感の一つはアガートラーム。彼を補佐する銀の輝きが彼の側に無いこと。
だがそれはいいのだ。銀の籠手は今、兄弟子の手にある。
そんなことは本当にどうでもいい。
人は、人の腕は……腰から伸びているものだろうか……?
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんなことあるわけがない!
肩口からすらりと伸びていたはずの彼の腕は中程から断ち切られ、体の上に重ねられていただけだったのだ!
頭の中が白く染め上げられる。目の前の現実を受け入れられない。……いや、受け入れたくない!
「クリス」
兄弟子の声と、押し付けられたアガートラームがクリスの思考を取り戻させる。
冷たい銀の輝きを砕かんばかりに握りしめ、兄弟子に問う。
「……あんたが、やったのか」
クリスの問いに彼が答える前に、第三者の浮かれた声がわって入った。
「……ほう! とうとうやったなクリスよ!」
「……マティアス、様?」
なぜ、なぜこの人は笑っている?
焼け滅びた村を、この惨状を前になぜ、この人は笑っていられる?
……邪教の村は滅びるべき?
いや、そんなことはない。
この村の人々は毎日をつましく、正しく生きていた。たった一日の短い付き合いだが、それぐらいわかる。……こんな風に滅ぼされていい理由などなかったはずだ。
そう、トランだってこんな風に殺されなければならない理由などなかった!
魔族に治められた村、神殿の敵対組織であるという理由だけで、彼等の本質から目を向けずに断罪するのは間違っている!
「マティアス様、どうやってこの村に? ……この村は魔法の霧に守られていたはず」
「何を言う。お前のおかげではないか」
「私の……?」
クリスの顔が蒼白を通り越し、土気色になりつつあるのに気付かず、マティアスは意気揚々と語る。
「そうだとも! お前の胸にする勲章には強い神聖力が込められている。我等はその反応を辿ってここに着たのだ」
キリリ……とクリスの拳が握られた。その指の隙間からは赤いものがこぼれはじめている。
「私の……私のせいで!」
「そうだ。お前のおかげだ!」
マティアスは自分とクリスの語意の差も、彼の卒倒しそうなほどの顔色も、そして自分を侮蔑するような視線の数々にも気付いていないようだった。
彼は浮かれた様子でトランの元に歩み寄ると、心底いまいましげに見下ろした。
「ふん! 弱小組織ふぜいが、さんざん我等にたてつきおって!」
マティアスがトランの体を踏みつけ、そして大きく蹴り飛ばす。
よほどひどく蹴られたのだろう、切り離された腕をその場に残したまま、トランの体は撥ね飛ばされた。
「……っ!?」
「いやあぁぁっ!?」
あまりの仕打ちにノエルがたまらず飛び出してきた。トランに駆け寄り、抱きしめる。
「トランさん、トランさん……!」
ボロボロと涙をこぼして、彼の名を呼ぶが返事は、返らない……。
「おお、クリスよ。薔薇の巫女も確保しておったか! さあ巫女殿、そのような野良犬は捨てて、共に神殿へ参りましょう……」
「……ひっ」
ノエルはトランをかたく抱きしめたまま後ずさるが、マティアスは気にした様子をみせない。ゆっくりとその距離を縮めていく。
しかしその歩みは何かに止められた。
マティアスの歩みを阻んだもの、彼の足をとったのは……トランの腕だった。切り離され、取り残された彼の腕がマティアスの足をひっかけたのだ。
……切り離されてもなお、トランの意志を宿す両の腕がノエルを守るためにそこに在る。
「……ふん。ゴミめ!」
マティアスがトランの腕を蹴り飛ばした。その先には未だに燃え盛る赤い炎!
炎が彼の体液に反応して大きく燃え上がった。
オイルが燃える臭いに混じる、間違うことなき人の燃える臭いとノエルの小さな悲鳴がクリスを現実に引き戻した。
「マティアス……!」
薔薇の武具と巫女を手に入れたと思い込んでいるマティアスは、クリスから敬称が抜けているのにも気付かず、言葉を続けた。
「クリス、今まで悪かったな。こんな野良犬、世界のゴミに付き合わ」
「ふざけんなああぁぁあ――――っ!?」
血が滲むほどに握りしめられた拳がマティアスの顔面を打ち付ける。
「……な、なにをする、クリス!?」
「なにをする、じゃねえっ!?」
胸を飾る災厄の元を引きちぎり、マティアスに叩きつける。飛び散った鎖の破片が肌を傷つけたが、そんな痛みは今のクリスには届かない。
怒り……。
それだけに支配され、クリスがマティアスへと一歩を踏み出す。
「……ぅ」
「……クリスさん!」
しかしその歩みは小さなうめき声とノエルの声に止められた。そしてそのあとに続いたノエルの言葉がクリスに正気を取り戻させる。
「……生きてる! トランさん生きてますよっ!」
「え……」
ゴウラを見る。彼はクリスとマティアス、二人分の視線を受けて、静かに瞳を閉じた。
クリスに言えることはない、何の言い訳もしないと、無言で意思を示す。
「ゴウラ! 何をしている!? その不届きな男を捕えろ! 野良犬にとどめをさせっ!」
彼は静かに瞳を開くとマティアスに向き合い、やはり静かに語りはじめた。
「マティアス様――我々は、あなたにお仕えする騎士です。神殿の正義のためなら喜んで手を汚しましょう。ですが、もはや戦えぬ者に止めを刺すことも、仲間を想う心を冒涜する行いも……認めることはできません」
そしてクリスを見て、視線だけで促す。
行け……と。
クリスははじかれたようにトランの元に駆け寄った。そしてはじめて気づく。
衣服はボロボロに破れ、赤く染まってはいた。しかし彼には失血死せぬように止血が施され、そしてその両腕を除けば、体には傷が一つもなかった。
「……先輩」
振り返れば、ゴウラは再び瞳を閉ざしている。……彼は、何も言う気がなさそうだった。
「トラン……」
アガートラームをノエルに預け、彼を抱き上げる。しっかりとした重みと伝わる体温がクリスを安心させてくれる。
「クリス……貴様、どこに行こうというのだ! わしと共に正義を貫くのだと……誓ったではないか!?」
あんなにも心に響いたはずのマティアスの言葉は、もう彼には届かない。
もうクリスはマティアスの本性を知ってしまった。自分の正義と彼の言う正義はまったく違うと気付いてしまったから。
「こんな……こんなものを正義というのなら……私はこんなもの、いりません。私は、私達の仲間たちと共に私の正義を貫きます。だから……」
足を止め、振り返らずに告げる。
「クリス=ファーディナント――本日をもって神殿より……あなたの元より、離れます」
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Scribble <2008,08,23>