History not chosen
Rest period V
「はい、トランさん。あ〜ん」
「……あーん」
トランは耳まで赤く染めながら、差し出されたスプーンを頬張った。
なんだか味がよくわからない。口触りから豆と肉の欠片が入ってるのはわかるのだが。
「おいしいですか?」
「え、ええ、まあ……」
味など感じる余裕はない。ただもう、ひたすら恥ずかしい。
でもまあ、しかたがない。自力で食べられないのだから、こうやって一匙ずつ食べさせてもらうしかない。
でもだからってノエルに任せるなよ……と、仲間に恨み言を言いたくなる。
彼女に任せたら、それこそ幼子のように面倒をみるにきまってるではないか。
ちなみに他の面々は別室で食事をしている。でなければ『あ〜ん』などということはしない。そんなことするくらいなら舌を噛みきるかもしれない。
「よかった! たくさん食べて体力をつけてくださいね」
彼女の気遣いは本当に嬉しいのだけど……。
「治るんですよね……」
さっきまでの様子と一変して、不安げにトランを見つめ、ぽつり……とつぶやいた。
「トランさん、治りますよね」
「治りますよ。絶対に治してきます」
不安をつのらせる彼女を安心させるために、出来る限り明るい声を出す。……命の危険もあることは彼女には言わない。
自分は必ず生きてノエルたちの元に戻るのだ。だからそんなことは言わない。言う必要はない。
「そ、そうですよね!」
「そうですよ。わたしがあなたに嘘をついたことがあ……るような気もしますが、これは嘘にはしません」
「約束してくれますか」
「約束しますとも」
手がなくて指切りができないので、彼女にそばに寄ってもらって、こん……と互いの額を軽くぶつけた。
「約束します。必ず体を治して、再びフォア・ローゼスの元に戻ります」
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Scribble <2008,09,13>