History not chosen
Rest period W
夜である。
ユージンと三人に気をきかしてくれたらしいアルテアは別室にてすでに休んでいる。
「あの、わたしだけベッドって……」
彼らが滞在しているこの小屋は大人数の使用を想定されていない。そのためベッドはトランが使っている一つしかない。
「怪我人が使うのは当たり前だろ」
床に毛布をしきながらクリスが言った。ノエルも毛布にくるまりながら、うんうんとうなずく。
「でも……」
「何が不満だ」
「……ぃ」
エイプリルの言葉にぽつり、とこたえる。
「え?」
「ベッドの上と下じゃ、その……」
そっぽを向き、赤くなりながら続けた。
「……見えないじゃないですか、あなたたちの姿が」
「……ぷっ」
吹き出したのはエイプリルかクリスか、もしかしてノエルだったのか、顔をそむけていたのでわからない。ただ彼らが笑顔を浮かべているのだろうことは、なぜだか感じられた。
「しかたないな、トランは」
その言葉と同時に力強い腕に抱き上げられた。顔を向ければクリスの笑顔が真横にある。
「寂しがりやのトランのために、今夜は特別に添い寝してやろう」
「あたしも!」
体が床に横たえられると同時にノエルが抱きついてきた。
トランの右隣にノエル、左隣にクリスが陣取り、二人して彼に笑いかける。エイプリルも彼に笑いかけ、彼の頭をさらりとなでてから、ノエルの右隣に寝転がる。
そしてそのまま、きゃあきゃあわあわあと笑いながら会話を楽しんだ。
無論、彼らだってトランの怪我やこの先に続くだろう旅の過酷さを忘れたわけではない。でも、だからこそ……今、この時間だけは楽しんだっていいはずだ。この先、誰かが欠ける危険性がないわけではないのだから……。
なごやかな談笑の時間も睡魔によって終りをむかえる。
まずは早寝早起きを心がけるノエルがおち、次いでクリスが眠りにおちた。
両隣から聞こえる健やかな寝息にトランもまた誘われる。
「トラン……」
「……なんですか、エイプリル?」
「もう……できねえだろ?」
何ができないかなんて尋ねる必要はない。そんなことわかりきっている。
「ええ。できません。……あんな恐ろしいこと、二度とできません」
戦術ミスをするような部下に優しい言葉をかけてくださる大首領、まだまだ幼いくせに自分たちに気を使ってくれる小さな母、涙まじりの笑顔を浮かべて自分の生を喜んでくれた大切な仲間たち……。
自分を思ってくれる者が、自分が愛する者たちがこの世界にいることを再認識してしまった。
その全てをおいて死地に向かうなどという恐ろしいことは、もう二度としたくはない。
「……ふん。気づくのが遅すぎだ」
「すいません」
「……わかればいい」
その言葉を最後にエイプリルは眠ったようだ。……寝たふり、という可能性もないではないが、少なくとも彼女にこれ以上の会話をする気がないのだろう。
「おやすみなさい……」
就寝の挨拶を言えることに、言える相手がいることに幸せを感じながら、目を閉じた。
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Scribble <2008,09,20>