History not chosen

Brother T


闇の中から光の世界へ
意識が、目覚めていく
生まれて初めて見たもの、感じたのは


「おはようレント、わたしの弟」
 深い紫の瞳が自分を見つめている。
「意識は覚めてますか?」
「目覚めている」
 ゆっくりと溶液の中から身体をおこす。彼が震える手でタオルを自分に被せ、丁寧に溶液を拭き取る。
「自分でやる」
「いえ、わたしにやらせてください。お願いして、予定より早く目覚めさせてもらったものだから、無理をしていないかと不安なんです」
 ……自分は彼のせいで予定より早く起動されたのか。
 しかし棺桶から出るさいにバランスは崩れたりしなかった。どうやら稼働に耐えうるだけの基礎はできているらしい。
「どうぞ」
 衣類を手渡される。深い青を基調とした衣類は心地よく体を包んでくれた。だが、少々疑問に思う。
 脳に刻まれたデータによると、自分はすぐに実戦に投入されるはずだ。それなのにこれは、ごくごく一般的な衣類だ。幹部たる人造人間に与えられる魔法を付加されたローブではない。
「前任者」
「なんですか? ……っていうか、せめて名前で呼んでくださいよ」
 兄と呼べなんていわないから、と笑顔で付け加えながらトランが首をかしげた。
「トラン、この服は……普通のものではないのか」
「ああ。教育期間は普通の服でいいですからね」
「わたしはすぐに実戦投入されるのではなかったのか」
「ほんの少しだけですが時間がとれたんです」
 トランがレントの手をとり、続けた。
「さあ、いきましょう。学ぶべきことはたくさんあるんですから」
 心なしか手が震えている。
 ああ、そうか。そういえば彼は、両腕を断ち切られたとデータにあった。それならば、この腕は移植されたものだということ。彼はまだ、調整をしなければならないのではないか。
「キミには、他にするべきことがあるのでは?」
 自分の知識は完璧なのだ。最新型の自分が旧型の彼から学ぶべきことがあるとは思えない。それならばそんな無意味な時間の使い方はせずに、互いにするべきことをするべきだ。
「たしかにわたしはするべきことがある。でも、それは最優先事項ではありません」
 自分の教育が最優先だというのだろうか。
 そう尋ねると彼はうなずいて、こう言った。
「この短期間にあなたに教えられることは、そう多くない。しかしそれが不甲斐ない兄からのせめてもの餞別です。……受け取ってくださいね?」




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Scribble <2008,10,04>