History not chosen

Brother U


「レントー!」
 研究室から出るやいなや、飛び付いてきた小さな影があった。
「レント、はじめましてだな!」
 データ検索。
 ……該当データを発見。
 彼女の名前はアルテア。トランの教育係を務めていた少女だ。平常時ならば、自分も彼女の教育を受けていたのだろう。
「お初にお目にかかります、アルテア様」
 頭をたれたレントの頭をポコンっとアルテアが軽く叩く。
「アルテア様じゃない。アルテアだ!」
「わかりました、アルテア」
 彼女はレントの返事に満足したようだった。笑顔で彼の手を引っ張り笑う。
「はらがすいてるだろう? いっしょにたべよう!」
 そういえば目覚めてたばかりで腹の中は空っぽだ。意識すると猛烈に腹が空いてきた。
「食堂に行きましょうか。あるもので何か作りますよ」
「トラントラン! あたしはあまいのがいいぞ!」
「善処いたします」
 トランがにこやかに笑い、レントの空いている手をとった。
「何故わたしの手を握る」
「嫌ですか?」
 嫌……ではない気がする。彼の手は頼りなくはあったが、あたたかく……何というのだろう、胸のあたりがふわふわしたもので満たされる感じがする。
「嫌ではない」
 そう言うとトランは微笑んだ。……何故だろう?
「じゃ、行きましょうか」
 アルテアはレントの手をぶんぶん振りながら、トランは出会う組織員のすべてにレントを紹介しながら食堂に向かう。
 食堂には、人があまり残っていなかった。体内時計によると、朝食の時間をだいぶ過ぎているようだ。
「待っててください」
 言われた通りアルテアと二人でテーブルで待っていると、トランがこちらを向いてOKサインを出した。食事当番の怪人と何らかの交渉が成立したらしい。
 トランが厨房の奥に消えて数分すると、なんともいえない甘い香りが食堂内にただよいだした。
「いいにおいだな、レント」
「はい」
 ……何を作っているのだろう。
「お待たせしました」
 盆を持ってトランがあらわれた。レントたちの前にバターとメイプルシロップをたっぷりかけた二枚重ねのホットケーキが並べられる。
「トランのぶんは?」
「一度に持って来れなかっただけですよ。今、持って来ますので一緒に食べましょう」
 再びトランが奥に消え、すぐさま戻ってきた。レントたちの前にミルクを置き、自分の前にもホットケーキを置く。
「いただきまーす!」
「「いただきます」」
 アルテアが幸せそうな顔でホットケーキを頬張るのを横目に捕らえながら、自分も食事を開始する。
「美味しいですか、レント?」
「甘い」
「……甘いのは嫌ですか?」
 ホットケーキを一切れ頬張る。
 もぐもぐもぐ……。
 もう一切れもぐもぐもぐ。
「嫌でない」
「なら美味しいですか?」
「よくわからないが、好きな味だと思う」
「よかった!」
 何故彼は嬉しそうに笑うのだろう。これが自分の好みにあっていたところで、彼の益になるわけではないのに。
「トラン」
「はい?」
 しかし彼の笑顔を見ていると、それを聞くのははばかられるような気がした。やはり何故だかわからないが。
「なんですか?」
「いや……。……何故キミの分は少ないんだ」
 とりあえず話題を変えるべく、もう一つ疑問に思っていたことをきいてみる。
 自分とアルテアのホットケーキは二枚重ねであったのに、彼の分は一枚だけ。しかも目測によると、自分たちの分より二回りほど小さい。
「……あまり、食べられないんですよ」
 トランのその言葉に、アルテアの耳がぴくりと動いた。心配の色をのせた視線がトランに注がれる。
「……トラン?」
「……わたしの食欲のことはいいんです。さ、冷めないうちに食べましょう。食べたら三人で出掛けましょうね」




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Scribble <2008,10,12>