History not chosen

Brother V


 食事を終え、今は散歩に来ている。
 片手には相変わらずアルテアがぶら下がり、トランはその逆を歩いている。……ちなみに手はつないでいない。さすがに人目のあるところで、男同士お手々つないでは遠慮したいと思う。
「ほら、レント。花が咲いてますよ」
「そうか」
「きれいですね〜」
「……」
「レントレント! あそこにリスがいる!」
「はい」
「かわいいな!」
「……」
 彼らは何がしたいのだろう。こんな無意味な散策になんの益があるのだろう?
「今から行く湖は穴場なんですよ」
 どうやら自分たちは湖に向かっているらしい。
「ついたらみんなであそぼうな!」
 アルテアの元気な笑顔。トランの柔和な微笑み。それを見ていると、何故だろう……顔がゆるむ。
「ほら、着きましたよ」
 そこはやや小さめな湖だった。しかし水は清浄な碧をたたえていて、陽光を反射してキラキラと美しい。
「トラン、レント! つりをしよう、つり!」
「あ〜。それは無理だと思いますよ」
 そう言って彼の指差す方向を見てみれば、子供を乗せたハサミガメが遊泳中だった。
「そっか。あれじゃむりだな」
「アルテアも乗せてもらってはどうですか」
「そうする!」
 元気に手をふって駆けていくアルテアを見送ってトランは腰をおろした。……何故か、やけに疲れているようだ。荷物など弁当しか持っていなかったのにだ。
「どうした」
「少し、無理をしてしまったようで。わたしはここで休んでますので、レントは自由にしていていいですよ」
 そう言って目を閉じるやいなや、トランは眠り込んでしまった。
「……」
 自由にと言われても、何をすればいいか、わからない。
 ……というか自分の教育はしないのか。覚醒させられてから今まで、何かを教えてもらったつもりはない。
「レントー!」
 呼び声に振り向くと、アルテアが遊泳するハサミガメの上で大きく手をふっていた。
 ……何故、彼女はあんなにも笑っているのだろう。
 そうこうするうちに、アルテアを乗せたハサミガメがこちらにやって来た。
 とりあえずダイナストカバル幹部候補として、彼に挨拶する。
 彼は自分に一礼すると、岸辺に帰っていった。その場所をよく見てみると、立て札が立てられている。
『遊覧カメ 一回〜〜G』
 ……あれは仕事だったらしい。
「レント……、トランは?」
「なにやら疲れてるらしく……眠っています」
「……そうか。……じゃあ、あたしたちもねるか!」
「あなたがそれを望むなら……」
 というわけで、トランのもとに戻って腰をおろす。トランの額にうかぶ汗を拭き取ってから、自分も体を横たえた。
 遠く彼方まで続く蒼と、光を浴びたのびやかな翠が視界いっぱいにひろがる。吸い込む空気は甘く、耳に届く音は優しい。
 ただの空、木々、空気、風の音のはずなのに、なぜこんなにも美しいのだろう……?
「なるほど……」
 トランやアルテアはこれが言いたかったのだろう。
 知識だけではなく、現実を知れ、と。知識にあることだけが全てではない、と。
 目を閉じて、耳を澄ます。隣からトランと、もう眠ってしまったらしいアルテアの寝息が聞こえてくる。
 ……少々トランの息が荒いような気がするのは、気のせいなのだろうか。
 しかし起こすのも気がひける。彼の様子は気になるが、あくまで気になるだけだ。自分の気のせいかもしれない。
「彼が起きたら、聞けばよいか……」
 そう呟いて、レントは思考を睡眠モードに切り替えた。




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Scribble <2008,10,18>