History not chosen

Advanced situation W


 食堂でアルテアと共に七草粥(という名を借りた七種の食用雑草入り粥)を食べていると、不意に窓の外が明るくなった。
「な、何ですか!?」
 急いで窓際に駆け寄り、空を仰ぎ見る。
 ……空に太陽とは別の光源があった。
 眩しくてよくは見えないが、竜のように見える。
 それはひときわ強い光を放ち、瞬く間に増殖して光る粉雪のようなものを降らせ始めた。
 ……きれいだ、と思えたのは一瞬だけのこと。
 光の粒一つ一つが瞬く間に翼や爪を生やして質量を増やし、各国に向けて飛び立ったのだ。
 それの意味するのは……。
『ダイナストカバル総員に告ぐ!』
 突然響き渡る大首領の声。いつにない切迫感を含む声が事態の深刻さを告げている。
『エリンディル各地にて光の竜による攻撃が報告された。ダイナストカバルの名にかけて光の竜を掃討し、地域住民を守るのだ!!』
 いきなり基地内が慌ただしくなる。あるものは武器を持ち、あるものは盾をとる。……そしてあるものは間違えてフライパンを持って駆け抜ける。
 そしてトランも……。
「まてトラン! どこにいくんだ!?」
「は、離してくださいアルテア! わたしだって後方支援……炊き出しぐらいならできます!」
 片手にお玉を持ち、三角巾に割烹着装備のトランが叫ぶ。……っていうか、いつの間に身につけたのだろう。
「ここにいたか」
「ユージン?」
 ユージンはトランの姿に緊張にはりつめた顔を緩め、笑みをこぼした。
「気持ちもわかるが、お前には別の任務がある」
「別の任務……。それは何でしょう?」
「まずは現在の仕様の確認を。……まだなのだろう?」
「はあ……。しかしわたしは魔術師としての能力は」
「話は聞いている。魔術師としての能力は取り除いたとは聞いたが、その他はどうなのだ?」
 ……そういえばDr.セプターはこう言っていた。『攻撃魔術師としての能力はない』
 彼はそれ以外の能力、回復や防御の能力については何も言っていないのだ。
「……検索いたします」
 データベースを検索……。
 ……メイジスキルを一件発見。……アコライトスキルを三件発見。……セージスキルを…………。
「検索完了しました。……どうやらサポートの能力はほぼ残っているようです」
 ユージンは満足げにうなずくと、次を促した。
「次は最新情報の検索を」
 ……最新情報を検索。
 …………一件発見。……飛空船の操縦法について。
「飛空船?」
「そうだ。お前にはこれからフォア・ローゼスと共に飛空船でテニアに向かってもらう」
「何が、あるのでしょう?」
「神が遣わした粛清装置、ゾハールがいる」
「ゾハール……。もしやお話にあった神竜ですか」
「その通りだ」
 その言葉とともに、彼は一冊の古ぼけた本を取り出した。
「マビノギのあった洞窟から見つかったものだ。……別に隠していたわけではない。あの事件のあとに見つけたのだ」
 何でも、いろいろな処理のためにマビノギの洞窟に訪れたところ、今まで知らなかった部屋を発見したのだそうだ。
「事件の数日前に地震があったからな。そのせいで隠されていた部屋が露出したのだろう」
 一言断ってから、中を確認する。それは、書物というよりも日誌に近いものだった。
 そこには、薔薇の巫女と武具の全てが記載されていた。
 神竜が降臨した本来の意味。
 薔薇の巫女の反乱の背景。
 薔薇の武具の真の能力……第六の武具について。
「これは……」
 この本の通りなら、あの竜を倒すには、ノエルが命を投げ出せねばならない。
 ……自分は、彼女を死なせるために旅を続けさせたというのか!?
 …………。
 待て。
 反乱を起こした巫女は薔薇の武具を持って神竜に挑んだはずだ。
 それならばなぜ彼女は神竜を倒せなかった?
 この本に記載されている第六の武具の能力ならば、神竜を滅ぼすことなど、たやすいはずだ。
 疑問を持って本を読み進める。この疑問の答こそが、ノエルの命を救う方法であるはずだ。
「あった……」
 そこにはこうあった。
 神竜を倒すには二つ。
 巫女を第六の武具とし、その命をもって討つか、薔薇の防具にて神竜の結界を破壊し、カラドボルグで止めを刺すかである。
 武具としてか、人として挑むか……。
 世界を憂える巫女でありながら一人の母であった彼女は、人として神竜に挑み……そして敗れたのだろう。
 最後に、今までと違う女性の字でこうあった。

 やはり人が神たる竜を打ち倒すことは出来ない。
 それならば巫女の守護騎士である私が神竜を滅ぼそう。
 この身に薔薇の刻印を刻み、巫女様に代わって私が第六の武具となろう。
 それが巫女様を守れなかった私にできること。
 薔薇の巫女の守護騎士ガーベラの名にかけて、今度こそ巫女様と、その家族を守ってみせる。


「そう、だったのか……」
 彼女がノエルに慈愛の眼差しを注ぎながらも、剣を向けてきたのは、そういう理由があったのか。
 全てはノエルを、ノエルの命を守るため。
 だからこそ、その剣に迷いがなかった。
「トランよ」
「……はい」
「お前の任務はフォア・ローゼスをテニアに送り届けること、そしてその事実を彼らに伝えることだ」
「了解いたしました。それで……飛空船はどこに?」
「それが、な。神殿に押収されているのだ。だからお前には奪回作戦にも参加してもらうことになる」
「……わたしは、戦えません」
「いや、大丈夫だ。共に行く男が規格外に強いからな」
 ユージンがそう言い終わるのを見計らっていたかのようなタイミングで、食堂の扉が開かれた。
 そこに立っていたのは、どこか見覚えのある栗色の髪をした男だった。顔立ちは顎のラインや口元を見る限り、整っているように見える。しかしよくわからない。
 その男は仮面を身につけていたのだ。
「トランへの説明はすんだか?」
 深みのある、いい声をしている。……何処かで聞いたことがあるような?
「あの、あなたは……」
 誰なのですか……と、問う前に、ストンと膝が床をついた。それと共に頭も垂れ、体が自然に臣下の礼をとる。
「あ、あれ?」
 戸惑うトランの様子に男は愉快げに笑い、言った。
「そういえば、トランに直接会うのは初めてだったな。余は……ダイナストカバル――大首領である」
「……!」
 今まで石像越しにお言葉を受けていただけのお方が目の前にいる。
 しかもこのタイミングで来られたということは……。
「ユージン……」
 ギギギィ……と油がきれたような音をさせながら、首だけユージンの方に向けて問う。
「もしや、共に行く規格外のお方とは……」
「その通り。大首領だ」
「そんな! おそれおおい!」
「神殿から飛空船を取り戻すためだ。気にするでない」
「そ、そう言われましても……」
 トランは恐縮するばかりで、顔もまともにあげられないでいる。
「……埒があかんな」
 大首領はトランに近寄ると、問答無用にその手を掴んだ。
「へ? あ、あの大首領?」
「行くぞ」
 片手にトランを、もう片方の手にはユージンから手渡されたブーストロッドを持ち、颯爽と戦いに向かう。
「ま、待ってください! せめて三角巾だけでもはずさせてー!?」
 ……などというトランの叫びを聞き流して。




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