History not chosen

Advanced situation X


 ところかわってカナンである。
「思わぬところで役にたったな」
「……ええ。わたしも三角巾と割烹着がこんなに役にたつとは」
 どういうことかというと……。
 結局、炊き出しルックでカナンまで来てしまったトランは、その服装で誤解され、神殿の炊き出し部隊に捕まってしまったのだ。
 神殿の手伝いは嫌だが、それで少しでも住民が救われるのなら……という大首領のお言葉に従い、煮炊きを手伝った。
 そして一つ頼まれたのだ。
 ダイナストカバルの発注した違法船を収容しているドックに食事を届けてほしいと。
 ……かくして、たいした労力もなしに、飛空船の場所の情報はおろか、立ち入り許可証まで手に入れてしまったのである。
「これはやはり普段の行いがよいからでしょうか」
「うむ」
 二人でたくさんのおにぎりとサンドイッチを詰めたケースを持ち、町中をどうどうと歩く。
 明らかに怪しい大首領の姿を見とがめるものはいない。それもトランが首から下げている神殿の許可証のせいだろうか。
 ピルルルル……
 突然、大首領の懐からかわいらしい音が鳴り響いた。
「む。この着信音は……レントだな。……トラン、しばらく持っておいてくれ」
 大首領はトランに荷物を預けると、懐から通信機(ちなみに携帯大首領ではない)を取り出した。青い光をはなつそれに手をかざして通信を開く。
「もしもし、大首領です」
『大首領! お聞きしたいことがあります!』
「なんだ。今、少し手がはなせないのだが」
『聞きたいのは一つだけでございます。……我が組織が飛空船を極秘裏に建造していたというは、本当でしょうか?』
「……うむ、本当だ。我が組織の財産をつぎ込み建造したのだが……」
『神殿に接収されたと……』
「その通りだ。現在、奪回するべく作戦を実行中である」
「……作戦?」
 抱えた食料に目を落とし、トランがつぶやいた。しかしその声は幸いにも大首領には届かなかったようだ。
『わかりました。大首領……その船、わたし達が使用してもよいでしょうか』
「無論だ。奪回ができ次第、お前たちの所へ向かわそう」
『ありがとうございます。いずれ、大いなる翼が大空を羽ばたく日を夢見て――世界を我が手に』
「世界を我が手に。……トランよ、急ぐぞ。どうやらレントたちも飛空船を目指しているようだ」
 通信を切り、振り返ると、トランは両手に抱えた荷物を落とさぬように、プルプルと震えながらたえていた。
 ……大首領には軽い荷物でも、トランにとっては過剰重量だったようだ。
「ああ。すまんな」
 トランの手から、全てのケースを取り上げる。
「だ、大首領……。大丈夫、です。自分の割り当てぐらいは、自分で持ちます!」
「いや、かまわぬ。お前はこれから飛空船の操縦をせねばならぬのだ。その時に筋肉痛で腕が震えるようなことになったら困る」
「……申し訳ありません」
 理屈は理解できるのだが、やはり気がひける。
 しかし大首領に意見できるはずもなく、ただ黙々と足を進める。
「あ。あそこです」
 あらかじめ聞いていた裏口にまわり、ノックすると、若い神官が出てきた。
 彼は仮面をかぶる大首領の姿に、訝しげな目をむけたものの、トランの首からさげられた許可証を認め、中に招き入れてくれた。
「……食料の配達ですね。ありがとうございます。こちらの机に置いていただけますか」
「……見張りも大変ですね」
「いえ、そうでもないですよ。むしろ飛空船を見れてラッキーかも」
 彼はそう言って、ほがらかに笑った。
「わたし達も見てみたいのですが……」
「ああ、いいですよ。その扉を出て、階段を上がれば、飛空船を上から見学できます」
 彼の言葉に従い、階段を昇る。そしてドックに入るやいなや、トランの口から感嘆の息がこぼれた。
「……これは」
 そこには素晴らしい船があった。大首領の偉大さ、組織の崇高な意思を体現したかのような巨船がそこにあった。
「これが我等の飛空船"虚無の翼"だ」
「虚無の翼……」
 ……何故だろう。何故か、縁起でもない名前のような。……いや、そんなことはない! 大首領のお付けになった名前に間違いなどあるものか。
「ん? あれは……」
「ノエルたちです!」
 彼女らは何かを警備主任に見せていた。必死に訴えかけてはいるが、彼は聞く耳を持たないようだった。
 警備主任がなんらかの紙(きっと使用許可証かなにかだろう)が紙を破くと同時に、彼らのまわりを神官たちが取り囲んだ。
「……ノエル!」
「いや、待て。今の内にお前は、あそこから船に乗り込むのだ」
 そう言って指差された先には、船へと垂れ下がる一本のロープ。確かに神官の全てがノエルたちに注目している今なら、見とがめられることなく乗り込めそうだ。
「しかし……!」
「彼らのもとには、余が行こう」
「大首領……!?」
「お前は戦えぬだろう? それにやるべきことがある」
「わ、わかりました。大首領……お気をつけて」
「ああ、お前こそ。……娘を、頼んだぞ」
「へ? えええぇぇぇえええ!?」
 トランのすっとんきょうな悲鳴を背中に受け、大首領は船上のマストへと降り立った。




[ ←BACK ||▲MENU || NEXT→ ]
Scribble <2008,12,13>