History not chosen

To the stage of the fight! U


「高度はこれくらい上げれば大丈夫かな。あとは自動操縦に切り替えて……」
「すごいな。自動操縦なんてあるのか」
「操縦といっても高度と方角の制御だけですけどね」
 興味深そうに覗きこむエイプリルの質問に答えながら、操縦機器をいじくる。
「これでよし……。さてと……」
 トランはくるりと振り返り、両手を広げて満面の笑顔を浮かべた。
「みんな、お久しぶりですね。元気にしていましたか?」
「トランさん!」
 ノエルがトランの胸に飛び込み、がっしりと抱きつく。そして……。
「いや……なんでノエルだけじゃなく、あなたまで抱きつくんですか、レント?」
「……いけませんか?」
「いけなくはないですけど……ちょっとびっくり」
 微笑みながらレントの頭を撫で、クリスとエイプリルに顔を向ける。
 すると二人は、自分たちはそんなことはしないと、首を大きく横にふった。
「最期に……元気なトランさんに会えてよかった」
 涙をこぼしながら、トランの手に頬をよせるノエルの頭を撫でながら、彼は首をかしげた。
「最期……?」
「ああ。トラン、実はな……」
 事情を知らないのだろうトランにかいつまんで説明する。
 神竜ゾハールの存在理由。
 ガーベラの正体と、彼女が薔薇の武具を欲したわけ。
 巫女の命を代償とする、第六の武具……。
 トランは彼らの話を静かに聞いていた。そしてポツリと呟く。
「なるほど。やはりガーベラは行動をおこしましたか」
「やはり? トラン、お前は何を知ってるんだ?」
 今度はトランが説明する番だった。
 数日前に新しい文献が発見されたこと。
 そこに薔薇の武具にまつわる全てが書かれていたこと。
 自分を犠牲にしてでも、巫女を守ろうとするガーベラの真意。
 神竜を倒す方法が、もう一つあること……。
「ノエルを助ける方法があるのか!?」
「はい。……もっとも、八百年前に失敗した方法ではありますが」
「その方法とは?」
 レントの静かな問いかけに、トランは答えなかった。かわりにノエルの瞳を真正面から見つめて口を開く。
「ノエル、あなたはどうしたいですか?」
「え?」
「今言った通り、あなたの命を救えるもう一つの方法は、過去に失敗しているんです。だから……あなたの覚悟を聞かせてください」
「か、覚悟を……?」
「ええ。世界の命運全てを賭けて、人として神竜に挑む覚悟。……もしくは自らの命を捨て、武具として神竜を滅ぼす覚悟を」
「トラン何を言ってるんだ!? ノエルは」
「クリスは黙っていてください。わたしは、ノエルの覚悟が聞きたい」
「あたし、は……」
 神竜を倒すため、死は一度は覚悟した。だが、怖い。
 死ななくてすむ方法があるなら、そちらをとりたいと、思ってしまう。
 だが、それに賭ける代償は愛する人たちの命をはじめとする、世界全てなのだ。
 ただ自分が死にたくないからと、その方法をとるには、賭ける代償が大きすぎる。
 失敗すれば、死ぬのは自分だけではすまないのだ。
「お前、まさか自分だけ死ねばいいなんて考えてないだろうな?」
 ノエルの心の傾きを読み取ったエイプリルが、さめた視線を彼女に注ぐ。エイプリルには珍しく、怒りを口調ににじませる。
「自分だけが死ねばいいなんてのは、ただの独りよがり……偽善でしかない。……お前は、死ぬのが自分ではなく、他の誰かであっても、その方法をとれるのか」
 ノエルが大きく首を横に振る。
「だったら考えるまでもない。そうだろう、クリス?」
「ああ、その通りだ。あなたが無事に神竜を打ち倒せるように、必ず守り通します」
 二人の視線がレントに注がれる。彼はその視線に気付くと、胸に手を当てて、真摯に言葉を告げる。
「わたしの使命は継承者殿を守ること。わたしの意志なぞ、聞かなくてもわかるでしょう」
 二人の視線に加え、レントの問うような視線が加わり、トランに注がれる。しかし彼はそれに肩をすくめるだけだ。
 ノエルを貫かんばかりに真っ直ぐな瞳を向ける。
「三人はこう言っていますが、あなたはどうしたいですか? あなたの意志を聞かせてください」
「あたし、は……」
「トラン! なぜそんなにノエルを追い詰めようとするんだ!? お前だって、ノエルを死なせたいわけじゃないだろ!」
「当たり前じゃないですか!? わたしは……ノエルを死なせるために、旅を続けさせたわけじゃありません!」
「ならなぜ!?」
 声を荒げるクリスを無視し、ノエルの肩をつかんで、彼女の瞳を真正面から見つめた。
「あなたの命を救う、もう一つの方法は、先に言った通り、一度失敗しているんです。……だから生半可な覚悟では駄目なんです。そして、今度失敗したら……次はもうない」
「あたし、あたし……」
「話は最後まで。……だからこそ絶対の覚悟がいる。とりあえず戦ってみて、駄目だったら第六の武具を開封すればいいや……なんて心持ちで戦うのなら、勝ち目など微塵も生まれない。だがらこそ、あなたの意志を、覚悟を聞かせてください。あなたに、神竜を打ち倒し、わたしたちと共に生きていこうという、絶対の意志はありますか?」
 ああ、そうだったのか……。
 彼はどちらの方法をとるかと聞きながらも、選択肢を自分に与えてなどいなかった。
 ……いや、自分が死を選ぶなどとは、考えていない。
 彼は、純粋に自分の覚悟を聞きたいだけなのだ。
 目を閉じて、自分の心の中を覗きこむ。
 みんなを救うためなら死んでもいい……そういう思いも自分の中にはあった。
 でも死にたいわけじゃない。
 神竜を倒して、お母さんを助けて……。これからもみんなと生きていきたい!
 だから、死んでもいいなんていう軟弱な思いを押さえ込む。
 そのかわりにかためるのは絶対の覚悟。
 生きて神竜を倒すのだ、と意志を強固にかためる。
 ノエルは静かに瞳を開き、はっきりと力強く宣言した。
「あたしは、人として神竜を倒します。だからみなさん……あたしを助けてください」
 そして続けられたノエルの気弱な懇願に、仲間たちは笑顔で応じたのだった。




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Scribble <2008,12,28>