Happy cat life

03


 トランが猫になってから数日がたった。
 その間彼はエイプリルに魚をほぐしてもらったり、ノエルにブラッシングしてもらったりと、それなりに快適な日々を過ごしていた。
 それに比べてクリスはというと……
「これじゃない……これでもない……。」
 ……かなり疲れていた。トランが猫になってからの数日間、ろくに眠っていない。
 ……しかも解呪方法も見つかっていない。
「これは……いや駄目か。……あ、これは?」
「何かわかったのか?」
「状態変化の解呪方法だ」
「おお〜。今の状態にピッタリですね」
 ノエルがトランに笑いかける。彼はそれに嬉しそうににゃーと鳴いた。
「……で、どうやるんだ」
「え〜と……、もっともポピュラーな解呪方法は、あ……」
 なぜかクリスの言葉がとまる。
「……あ? あ……ってなんですか、クリスさん」
 ノエルに促され、恐る恐る続きを口に出す。
「『愛する者からの口づけ』……」
 部屋の中がしん……と静まり返る。
「……それって、おとぎ話だけじゃなかったんですね」
「それにその『愛する者』は、『トラン'が'愛する者』なのか、『トラン'を'愛する者』なのか、どっちだ?」
「……書いてない」
 冷汗まじりのクリスの言葉にトランが大きく息をはいた。
「にゃふう……」
「猫がため息つくなよ!? 器用なやつだな!?」
 クリスに背を向け、もう一度ため息をついていたトランの首根っこをエイプリルが掴み持ち上げた。
「にゃ〜」
「何するんだって? もちろん試してみるに決まってるだろう」
 そう言うやいなや、唇をトランに押し付ける。
 …
 ……
 …………
「にゃ〜〜」
「やっぱり無理か。一応、お前らも試しとけ」
 そう言ってトランをノエルへと投げる。
「わあ!? あ、危ないですよ!?」
 そのトランをノエルがうまく受け止めた。というか、エイプリルが彼女が受け止められるように投げたのだが。
「にゃー!」
 トランが抗議の声をあげるがエイプリルの耳には入らない。
「えっと……トランさん?」
 ノエルに呼びかけられ振り返ると……
「……ちゅ」
 額にキスされた。まあ、これが解呪方法の一つだというし、今は猫の身だし、特別な意味はないだろう。
「ふにゃぁ」
 でもなぜか照れてしまう。エイプリルは平気なのに……不思議だ。
「戻りませんねぇ。あたしじゃダメなのかなぁ」
 この方法が駄目だとは考えていないらしい。
「……そうだ! ちょっと鞄の中探らせてくだいね」
 トランに断ってから彼の荷物をごそごそと探りだす。ややあって目当てのものを見つけたようだ。
 にっこりと微笑んで振り返るノエルの手にあったのは……
「携帯大首領?」
「まあ、トランが大首領を敬愛しているのは確かだな」
「でもそれは駄目なんじゃないかな」
「それは'者'じゃなくて'物'だしな」
「でも、ものは試しですよ」
 携帯大首領の口にあたる部分をトランにこつん……と当てる。
 彼はしばらく期待するように尻尾をゆらゆらさせていたが、どれだけ待っても何も起きないとわかると、ぺしょっ……と寝転がってしまった。
「やっぱりダメですか……」
 しょげるノエルをなぐさめるように、トランがにゃーんと鳴いた。
 そのトランを再びエイプリルが掴み上げた。
「クリス、お前も試しておけ」
「私も!? 私は別にトランを愛してもないし、愛されてもないぞ!」
 ちまた(?)ではいろいろあるが、私たちはそんなことないよな、そうだよな、トラン! 何とか言えよこのやろう!! 
「にゃー……」
 そんなクリスの心境を知らず、トランは"そっちに行きたい"とでも言うように、手足をバタつかせて苦しそうに鳴いた。
 そのまま釣り下げさせておくのもなんなのでとりあえず彼を受け取る。
「にゃー」
 膝の上でじっと自分を見つめて鳴くトランの頭をそっと撫でる。
 彼はぐるぐると喉を鳴らしてこたえてくれた。
 キラキラと目を輝かせて身を寄せてくるトランを抱き上げ、真正面から見つめる。
 なんだか、この目の輝きは、期待しているというよりも……
「お前、おもしろがってるだろ」
 トランの目がすぅっと横に逸らされる。ちらっとエイプリルの方も確かめると、彼女も視線をあらぬ方に向けていた。
「お前らなぁ……」
「にゃー」
「ものは試しだ。……ヤっとけ」
 クリスがあきれた声をあげるが、二人はさらっと受け流してしまった。
 というか今、不穏なセリフが聞こえたような気がする……。
 トランを机の上、自分の眼前に座らせる。おとなしくちんまりと座る彼に目を合わせる。
「にゃー」
「(猫猫猫……これは猫)」
 そう自分を言い聞かせながら彼の前足を手にとった。
「……ん」
 まるで騎士のように、彼の手にうやうやしくキスをする。
 でもいつまでたっても彼の手は毛むくじゃらのままで変化はない。
 ……いや、ここで戻られても二重の意味で大問題だったが。
「ほら見ろ! 意味なかったじゃないかっ!」
「……みたいだな」
「にゃー」
 トランがクリスをポンポンと叩く。
「なんだ? 別になぐさめてくれなくても……」
 トランが「違う違う」と首をふり、開いていた本のある部分を叩きしめす。
「なんだ、まだ続きがあったのか。……あ゛」
「なんて書いてるんですか」
「…………要約するとですね」
「早く言え」
「魔法をかけた術師が死亡している場合は、この方法では解けない、とある……」
 エイプリルがうすく笑いクリスに話し掛ける。
「……クリス」
「う……」
「阿保」
「はっ。返す言葉も……」
 深々と頭を下げる。彼女が、自分を睨んでいるのが肌で感じられる。
「……まあいい。他を調べろ」
 そう言い残してエイプリルは部屋を出ていってしまった。
「えっと……あたしも出掛けてきますね」
 それを追ってノエルも出ていってしまう。
「にゃー」
 ぽんぽんとかるく叩かれる。
「うん。……ありがと」
 猫のなぐさめが、やけに身にしみた。




[ ←BACK || ▲MENU || NEXT→ ]
Scribble <2007,06,23>