Change

03


 その頃、ノエルは窓辺でうとうととまどろんでいた。
 もともと何かしたいことがあったわけではない、無理に不慣れな体で出かけなくてもいいだろう。
「エイプリル、いるか?」
 そんな言葉とともにノックが響いた。
「……クリスか」
 さてどうしたものか。別に彼女は中身が自分だとバレてもかまわないのだが……。
「……少しからかってやるか」
 思考回路、言語中枢をノエルのものに切り替える。元々彼女はシーフ、人間観察にはたけている。もちろんその人物を真似るのだっておてのものだ。
「……開いてますよ、クリスさん」
……多少、恥ずかしくはあったが。
「あれ? ノエル、エイプリルは?」
「さあ? どこかに出かけちゃいましたよ」
「そうか。……今日はどこにも出かけないと言っていたのに」
 気落ちするクリスの手元にはほかほかと湯気のあがる何かが抱えられている。
「それ、なんですか?」
「ああ、そこの出店で売ってた桃まんです。……冷めたら味がかおちてしまうから、一緒に食べましょう」
「…………エイプリルさんに買ったんじゃないんですか」
 少し不機嫌そうにノエルが尋ねる。
「だって今いないし。彼女の分はあとで買い直しますよ」
 そう言って、笑顔で桃まんを手渡してくれた。
 それは熱々といえる温度ではなくなっていたが、まだほわほわとあったかい。少し噛りとると、柔らかな皮とまろやかな甘い餡が、ノエルの口を喜びで満たしてくれた。
「おいしい……」
「な、うまいだろう?」
 ぱくぱくと桃まんをがっつくクリス。……幾つ買ったのだろう。
「もう一つ貰えますか?」
「一つと言わず幾らでも」
 そう言って差し出されたそれをのんびりと味わいながら食べる。これなら幾つでも食べられそうだ。
「なあ、エイプリル。トランは……」
 …………エイプリル!?
「あたしは、ノエルですよ」
「あ、いや……そうですよね。なんでエイプリルの名が」
 ……入れかわりに気付いたわけではなく、無意識に呼んでしまったようだ。クリス自身も不思議な顔をしている。
「……で、トランさんがなんなんですか」
「あ、そうそう。トランの分も買ってこようと思うんだが、幾つくらいにしよう」
「一つでいいと思いますよ。トランさんは夕飯前にはあんまり食べません」
「それもそうか。お前と違って量は食えないもんな」
「……えっと、クリスさん?」
 …………ノエルも、大食な方ではない。
「あ、すまない!ノエルがたくさん食べるって言っているわけではなく!なんでだろう……」
 クリス
はしきりに首をかしげている。
「クリスさん?」
「あ、いや、うん。今日の私はどうかしているな。すまない、エイプリル。……ってまた!」
「……ぷ」
 ……とうとうノエルが吹き出した。
「えっと、エイプリル?」
 突然笑い出したノエルを不思議そうに見るクリス。……またノエルでなくエイプリルの名を呼んだ事には気付いていないようだ。
「……すごいな、お前は」
 笑いを噛み殺しながら発せられた言葉はすでにノエルのものではなかった。
「俺は完璧に演じてたつもりなんだがな」
 ノエルの愛らしい声には不釣り合いな渋いセリフ、それを聞いてやっとクリスが気付いた。
「お前、エイプリル? 本当にエイプリルなのか!?」
「ああ、そうだ。中身はエイプリル=スプリングスだ」
 姿形は間違いなく愛らしいウォーリアの少女のもの。だが口の端を吊り上げるようなニヒルな笑いはシーフであるクールな美少女のものだ。
「せっかくからかってやろうと思ったのに、その前にバレちまうなんてな」
「からかうって……。でもなんでノエルがエイプリルなんだ?」
「ノエルに体を貸してくれって頼まれてな」
 そう言って机の上に置いたのは一枚のカード。
「これは確か……」
 精神入れかえのカードだ。こんないかがわしいものが何故公認されているかわからないが、クリスも神殿で見たことがある。
「……で、何故入れかわってるのがわかった?」
「……わかったわけじゃないと思う。本当に無意識で呼んでた。自分でもなんでエイプリルの名が出てくるか不思議だったし」
「本能……いや野性のカン、てやつか」
 クリスがむっと口をへの字に曲げる。
「バカにしてるのか」
「俺はほめてるんだ」
 どう聞いてもほめているように聞こえない。
「それ、どうやったら戻るんだ」
「ああ。入れかわったもの同士で、もう一度カードを持てばいい」
 つまりはエイプリルが戻ってくるまでこのままだということだ。
「……」
「そんなにノエル姿の俺がイヤか?」
「イヤというか。なんか落ち着かないんだよ」
「なら二人を探しに行くか」
 ノエルは立ち上がるとマントを羽織った、そしてカードを落とさぬように仕舞い込む。
「ほら、行くぞ」
「あ、ちょっと待て」
 クリス
は残っていた桃まんを急いで口に頬張るとノエルのあとを追った。
「……外では俺のことはノエルって呼べよ?」
 返事は返らない。なぜならクリスの口には隙間なく桃まんが詰まっていて、返事を返せる状態ではなかったからだ。
「早く飲み込め」
 クリスが目を白黒させながらうなずいた。
「……行くぞ」
 なにやらとても楽しげなノエルのうしろをクリスは追いかけていった。
 ……いまだ桃まんを口いっぱいに頬張ったまま。




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Scribble <2007,11,25>