Life with child

03


「ク〜リスくん♪」
 ノエルが上機嫌でクリスに話しかける。
(なんでこんなに機嫌がいいんだろう。なんだかイヤな予感がする)
「なに?」
 それに彼は不安げな表情でこたえた。
「髪の毛といてあげようか」
 よく見てみるとノエルの手には櫛と……水色のリボンが握られている。
(……その手のひらひらリボンはなんですか!?)
「えっと……」
「遠慮しなくていいんですよ」
 クリスが返事をかえす前に彼の背後を陣取る。
(エイプリル〜、助け……てくれるわけないか)
 クリスは助けをこうような視線をエイプリルへと送るが、彼女がこんな楽しそうな事を止めるはずがない。
 ……ここにトランがいれば、なにかしら理由をつけて止めたのだろうが、あいにく彼は食事の後片付けをした後、どこかへと出かけてしまった。
「優しくするけど、痛かったら言ってくださいね?」
(う……)
 コクンと頷いた。
 ……なんだか何かをあきらめたような表情に見えるのは気のせいだろうか? 
 ノエルが金の髪を一房ずつ丁寧にすいてゆく。
 よほど気をつけているのだろう、微塵の痛みもクリスに感じさせない。
 ほつれていた髪がとかされていくにつれて、彼の髪本来の艶がでてきた。
 そうしてとかしきり、きれいな天使の輪ができたのに満足そうに頷くと、クリスに鏡を渡した。
「ほら、きれいになりましたよ」
「うん、ありがとう」
 クリスが鏡の中のノエルへと笑った。
(でも、そのリボンは、いらないのですが……)
「あとは髪をしばろうね」
 ノエルも鏡に写るクリスに微笑みかけて言った。
(うぅ……)
 クリスの表情が、どこか硬いものになっているような……。
「ただいまかえりました」
「あ、おかえりなさいです、トランさん」
 両手に大きな袋を抱えてトランが帰ってきた。
 楽しげなノエルと固まるクリスを見て、不思議そうに尋ねる。
「何をしてるんですか?」
「髪をといてたんですけど?」
 じっとノエルの手元に視線をそそぎ、ぽつりと呟く。
「クリスは男だからリボンはいらないと思います」
(よく言った! よく言ってくれた、トラン!)
「え〜、でもきっと、すごく似合いますよ」
 トランが苦笑しながらノエルの言葉にこたえた。
「……まあ、確かに似合いそうですね」
(トラ〜ン!?)
 ……なぜだか、クリスがうらみがましい目でトランを見ている。
「……その両手の袋はなんだ?」
 それまで静観していた(というかなんというか)エイプリルがトランに問うた。
「こっちは解呪関連の文献、でこっちは……」
 片手に持った重そうな袋を机の上に置き、軽そうな袋の中身をクリスの座るベッドの上にぶちまけた。
「わあ、服がいっぱい!」
「この町に住んでる元部下から借りてきました。いつまでもそんな格好させておくわけにはいかないでしょう?」
 明るいパステルカラーのブラウス、若草色のキュロット、セーラーの上下等の色とりどりの服が……
 ……あれ? 
(それはわかるけど、なんで)
「それはそうだが、何故女物?」
 そう、そこに広げられたのはどれも女の子が好むような服ばかりだ。
 クリスが不思議そうな顔でトランを見上げるなか、ノエルが楽しげに言った。
「クリスくんなら女の子の服でもオッケーですよ」
(そんな楽しそうに言わなくても。そしてそれを否定出来ない自分がつらい……)
 ……クリスが、複雑そうな顔をしている。
「いや、別にそういうつもりではなくて。……単に彼の子は女の子しかいなかったんですよ。せめてもの抵抗として、キュロットとかのカジュアルなものを中心に借りて来ましたから」
 よくよく見てみると下の方から男女共に着れそうな服が出てきた。
 ……圧倒的に数が少ないが。
(このままでいるのと、女の子の服を着るのと、どっちがマシだろう)
 トランは服を掴み、悩んでいるらしいクリスに声をかけた。
「クリス」
「なに?」
 見上げてくる瞳に射ぬかれそうになったが、表面上は平静を装い、諭すように言った。
「我慢してくださいね」
(せっかく借りてきてくれたんだし、こっちを着るのがスジだろうな)
「……うん」
 ノエルがうきうきと服を選びはじめる。
「じゃあじゃあ! これなんかどうでしょう!?」
「いや、それならこっちをあわせた方が……」
 ……なぜかエイプリルまで服選びに参加している。
(な、なんでそんな可愛らしい服ばっかを見る……。っていうかエイプリルも人ごとだと思って!)
「はい、クリスくん! これ着てください!」
 キラキラ笑顔におされて受け取りはしたものの、クリスは複雑な顔で服を見ている。
(なんでこんなレースでふわひらなのを選ぶかな……。っていうかトランも借りてくるなよ、こんなの)
「あの、二人とも? なんでこんなレースいっぱいの服をクリスに?」
「かわいいから!」
「おもしろいから」
 二人から異なる返事が返ってきた。まあ、予想通りの答ではあるが。
「……まあ、何と言うか。クリス、嫌ならそれは着なくてもいいから」
 クリスが物凄い勢いでうなずく。
「そうですね……、これなんてどうですか」
(や、やっとまともな服……)
 トランから服を受け取って着替えようとしてぴたりと止まる。
 そのクリスの視線の先にはノエルとエイプリルの目がある。
(今の私は子どもなんだけど……。やっぱりちょっと……)
「なあに?」
 クリスがトランのマントの陰に隠れて小声で言った。
「…………みないで」
「なんだ、いっちょ前に照れてるのか?」
「まあまあ。子どもだって恥ずかしいんですよ」
(そりゃあ、もう! 色々とな!)
 トランはノエル達に背を向けるとマントを大きく広げてクリスを隠した。
「ほら、隠してあげるから早く着替えなさい。……わたしも余所を向いておきますからね」
「うん。ありがとう、トランお兄ちゃん」
 ………………クリスがごそごそと着替える。
「もう、いいよ」
 クリスがトランの陰からでてきた。
「きゃあ、かわいい!」
 ノエルが歓声をあげる。
(かわいいなんだ、やっぱり)
 確かに子ども服を身につけたクリスはかわいらしかった。
 それがいくら男女兼用で着れるような服であっても、元々は女物である。かわいらしさの方が強調されてしまう。
 そりゃあ、もう。クリスが女の子にしか見えないくらいに! 
「……まあ、格好もまともになったことだし」
「そうか?」
「少なくともさっきよりは。それはともかく、出かけましょうか」
 クリスがノエルの腕から抜け出してきてトランを見上げて言う。
「どこに?」
 トランは彼に視線をあわせて優しく言った。
「神殿に。あなたにかけられた魔法の属性を調べてもらいましょう」
 立ち上がりノエル達に話し掛ける。
「二人とも、よろしくお願いしますね」



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Scribble <2007,08,26>