Life with child
06
エイプリルが部屋に戻った時、トランはいなかった。
「トランはどうした?」
「気分転換に散歩に出掛けましたよ」
手紙を書きながらノエルが答える。
クリスはというと……窓辺で聖書を読んでいた。
……子どもとはいえ、クリスはクリスだということだ。
「ただいま帰りました」
「あ、おかえりなさい。気分転換はできましたか?」
「まあ、それなりに。そうそう、お土産があるんですよ」
そう言って紙袋から取り出したのは、ホカホカと湯気をあげるカバル焼き。
それを持ってトランはクリスに問うた。
「クリス、どっちがいいですか? ジャ……」
「カスタードがいい!」
間髪いれぬクリスの即答。
それにトランは怪訝そうな顔を見せた。
「…………そう、そうですか。はい、どうぞ」
「お兄ちゃん、ありがとう」
クリスが礼を言うのに反応しない。いつもならここで優しい微笑を返していたというのに、どこか固い表情をしている。
「?」
トランは不思議そうな顔をするクリスの頭をぽんっと叩き、椅子を指差した。
「座って食べなさい」
「は〜い」
椅子に座ってお行儀よく食べるクリスを横目に、トランはノエル達にもカバル焼きを手渡した。
「ありがとうございます〜。……あれ? トランさんの分は?」
「ああ。わたしの分はこれです」
そう言って取り出したのは、お腹の所に×印をつけられたカバル焼き。
「なんでも試作品だそうで。味の感想をきかせてほしいと言われました」
4つに割られたその中に見えるのは何やら白い物体。その四分の一をクリスの口に放り込みながら続ける。
「クリームチーズだそうです」
もぐもぐごくん……と飲み込んでからクリスが口を開く。
「……おいしいよ」
「本当ですね。これはこれでおいしい〜」
「まあまあだな」
「確かに。でもこれは好き嫌いがでるかも。作り置きはあまりしない方がいいですね」
さらさらと紙に評価を書き込む。……ダイナストカバルの食品部門の明日は明るそうだ。
「トランさんトランさん」
「はい?」
ノエルに呼ばれて顔を上げると目の前にカバル焼き(1/4)があった。
「はい、あーん」
「いや、あーん……って。何ですか、いきなり」
「トランさんの分を分けてもらったから、あたしの分もどうぞ」
「ああ。そういうことなら」
ノエルの手の上のそれをぱくりと食べる。マーマレード入りだ。
「トラン」
今度はエイプリルに呼ばれた。振り向くと、その途端口にカバル焼きを押し込まれた。
「むぐ……! なにふるんれすか! あじがまざ……」
訳:何するんですか! 味が混ざ……
トランの言葉とは違い、味は混ざったりはしなかった。
彼女の分はイチゴジャム入りのはずだが、その味がまったくしない。うまいこと、外側の部分だけ口に入れられたようだ。
……偶然なのか、故意なのかはわからないが。
「はい、トランお兄ちゃん」
クリスも自分の分の菓子をトランにわける。
「……ありがとう」
……なぜか微笑がぎこちなく、かたい。
(な、なんでこんな顔するんだ!? ……何かヘマしたかなぁ)
トランは3人にもらった菓子を食べ終わると本をまとめはじめた。
「あれ? それ返しちゃうんですか?」
「えぇ。これには解呪方法はありませんでしたからね」
本を鞄に詰め、立ち上がる。
「さて、わたしは本を返してきますのでノエルたちは……」
クリスに目をやり、口の端をあげる。
「クリスの服を着替えさせておいてください。今着ている服は、帰ったら洗濯しますので」
「は〜い!」
(トランなに言い出すんだ!? ノエル達に服を選ばれたら……すごい格好にさせられるじゃないか!)
「トランお兄ちゃん、すぐ帰ってくる?」
クリスが不安そうにトランを見上げ、尋ねる。
トランはそれに首を横に振った。
「新しく本を借りてくるので……」
(……希望は、断たれた)
淋しげなクリスにノエルが声をかける。
「大丈夫。あたしたちが一緒ですよ」
(……だから、不安なのですが)
トランはその様子に満足げに笑うと立ち上がった。
「では、行ってきます」
「トラン」
「何ですか、エイプリル」
「全部、返しちまうのか? 新しく借りてくる本にそれと関連することが書いてるかもしれないだろう?」
「いや、いいんですよ。これは……」
そのあとに続けられたトランの小さな呟きをエイプリルは聞き逃さなかった。
「……意味の、ないものでしたから」
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Scribble <2007,09,16>