You who might not encounter it



「はあ……」
「あう……」
 トランと彼に抱かれたスノウが同時にため息をつく。
「何でわたしが神殿なんかに……」
「何をぶつくさ言っているんだ。早く来い!」
 クリスにうながされて神殿の門を潜る。スノウはというと、初めて(?)きた場所が嫌なのか、しっかりとトランにしがみついている。
「お話はうかがいました。迷子を保護してくださったそうですね」
 クリスに引き合わされたその神官は穏やかそうな老婦人であった。何人もの子供らを見てきたのだろう彼女は聖母のような優しい微笑みを浮かべ、スノウに話しかけた。
「もう大丈夫ですよ。必ずお母さんを見つけてあげますからね」
「……やい!」
 ……スノウがそっぽを向いてしまった。
「あらあら。人見知りかしらね」
「や!」
 撫でようとした彼女の手をペチンと叩き、それを拒否する。
「……どうしたんですか、スノウ? わたしたちにはすぐになついたのに」
 初めての人間であるというのは彼女も自分たちも同じである。それなのにフォア・ローゼスの人間にはなついて、それ以外の人間(試していないがたぶんそうだろう)を拒絶するとは……。
「……つかぬことを伺いますが、あなたのお子だということは?」
「ありません。わたしの出身はここより遠く離れた土地。そこをつい最近出てきたばかりなので」
 しかし彼女の気持ちもわかる。人見知りしがちな赤ん坊がこんなにもなつき、離れようともしない。しかもスノウはトランと同じ夕闇色の瞳をしている。何も知らない人間が見れば親子だと判断するのが普通だろう。
 ……トランが実年齢三歳だということを知っていれば、そんなこと思いもつかないのだろうが。
「失礼いたしました。しかし困りましたね、こちらでお預かりしようと思っていたのですが」
 この様子だとトランから離したら泣き出してしまいそうだ。
 ……しかたがない。
「引き続き、わたしたちが預かっておきます。この子を探す親が来たら、連絡してください」
「申し訳ありません。あなたがたの旅を中断させてしまって……」
「いえ。元々ひろったのはわたしですから」
 申し訳なさそうに頭を下げる老神官に見送られて神殿をあとにする。その帰り道、トランはポツリと呟いた。
「神殿にもあんなまともな人間がいるんですね」
「その言い方はなんだ。神官長様に失礼だろ」
「……長!? たかが迷子の届けに神官長が出てきたんですか!?」
「私も驚いた。神官長様が言うには、『子は何にも替え難き至高の宝』。だからこそ長たる自分が対応するそうだ」
「はあ、なるほど……」
 この町の神官長は悪の討伐よりも、町の住人たちの幸せを第一に考える人間のようだ。神殿がこんな人間ばかりなら良いのに……。
「気持ちよさそうだな」
「へ?」
 腕の中を見てみるとスノウがスヤスヤと寝息をたてていた。外出で疲れたのだろう。
「可愛いな」
「ええ。可愛いですよね」
 こんなにも可愛らしい子から目を離すなんて、親は何を考えているのだろう。
 自分がもし親になるような事があれば、絶対に手放したりしない。与えうる限りの愛を注ぎこんで育てるのだ。
「いっそのこと……」
 スノウをこのまま育てていきたい。しかしそれは叶わぬ夢だ。自分たちは旅を続けなければならない。もしそれがなかったとしても、自分は悪の組織に所属しているのだ。自分が育てるとなれば、スノウを裏の世界に引きずり込むことになってしまう。
 表の世界で生まれたこの子は光のあたる場所で育まれるのが妥当だろう。
「絶対に、お母さんを見つけてあげますからね」




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Scribble <2008,08,22>