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「お帰りなさい、トランさん」
「ただいま。……あの、何をやっているんですか」
「張り紙を作ってるんです。宿の入り口に張らしてもらおうと思って」
 そう言ってノエルが見せてくれた張り紙にはこんなことが書かれていた。
『白の髪に紫の瞳の赤ちゃんを預かっています。お心当たりの方は……』
 ……なんだか迷い犬の張り紙みたいだ。いや、迷ったコを預かっているという点では同じか。
「あたしに絵心があれば、似顔絵とかつけるんですけど」
「いや、これで充分だと。かしてください。宿の主人にお願いしてきます」
「お願いします」
「はい、確かに。そのかわりといってはなんですが、スノウをお願いします」
 スヤスヤと眠るスノウをノエルに抱かせる。一瞬目を覚ましたスノウだったが、ノエルの顔を確認すると、また夢の中に旅立った。
「よく眠ってますね」
「ええ。赤ちゃんはよく食べて、よく眠るのが仕事ですから」
「そういえばスノウちゃんのご飯は?」
「クリスが夕飯を頼んできてくれているので、それも用意してもらうように伝えました。無理なら台所を借りてわたしがつくりますよ」
 スノウはだいたい一歳ぐらいに見える。この位の年齢だと、個人差はあるが、柔らかいものなら食べられるはずだ。
「ただいま。トラン、野菜のスープなら用意できるってさ」
「そうですか。ならあとは……」
「入り口で何を立ち止まってる。邪魔だ」
「お帰りなさい、エイプリル。何処に行っていたんですか」
「買い食い」
 見ればエイプリルの抱える紙袋からパンが幾つか見えている。それに焼きたてのパン特有のいい匂いもしてきた。
「お前らも食うか」
「珍しく私達の分も買ってきてくれたんだな」
「文句言うならやらん」
「いや、悪いエイプリル。失言だった……」
 しょぼんとするクリスに揚げパンを一つ握らせて、エイプリルはノエルの隣に腰かけた。するとスノウがうっすらと目を開き、クンクンと匂いを嗅ぎだした。どうやらパンの匂いにつられて目を覚ましたらしい。
「……トラン、パンをやってもいいのか」
「そのままあげると口の水分が奪われて、たいへんな事になると……。ミルクに浸してパンがゆにするとかがいいですかね。……そうだ。夕飯にスープと一緒にあげましょう」
「……だそうだ。晩飯まで我慢するんだぞ」
 エイプリルが言い聞かせるようにスノウの頭を撫でる。すると彼はこくりとうなずいて、再び目を閉じた。
「……今、うなずいたよな?」
「はい。もしかしてエイプリルさんの言葉がわかったんでしょうか」
「いや、そんなはずはないだろ」
 まだ一歳ていどの赤ん坊である。こちらの言う事を全て理解できるとは思えない。
 しかし今のスノウの反応はエイプリルの言葉にうなずいたとしか見えない。
「なんだか不思議な子ですよね」
 見ず知らずの自分たちに容易になついたくせに、他の人間には触れさせようともしない。仮につけた名前にすぐに順応し、こちらの言葉をよく理解する。しかも聞き分けもいい。
 トランも組織活動の一環として子守りを幾度もこなしてきたが、スノウのような子は初めてだ。
 だいたいの子は、こちらの言葉を半分も理解すればいい方だし、聞き分けなぞあろうはずもない。
 人見知りする子は親以外にはまずなつかないし、人見知りしない子は誰彼構わず笑顔を振りまく。スノウのように一部の他人にはなついて他のはダメというのは珍しい。
 いや、それ以上にスノウが他の子と違う点がある。
 泣かないのだ、この子は。
 トランがスノウを拾ってほぼ半日がたつが、一度も泣いていない。
 無論、泣かないのならその方がいいのだが、赤ん坊とは何かしらの欲求を泣いてしらせるものではなかっただろうか。
「まあ、わたしが悩んでいても仕方がないですよね」
 こういう事はスノウの親が考えればいいことだ。もっとも親は手のかからないいい子だと思ってるだけかもしれないが。
「さて、そろそろ夕飯に行きませんか。わたしも宿の主人に張り紙をお願いしたらすぐに行きますから」




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Scribble <2009,08,29>