New start

Reunion


 濃いミルク色の霧をかきわけるように歩を進めていく。
 イジンデルの村人達はすでにこの地を離れているから、魔法の霧に阻まれる事なく目的地につけるはずだ。
「もう少し、ですね」
「えぇ……」
「ああ……」
 ……どこかでトランは生きていると理解はしているものの、この地は彼を亡くした地だ。どうしても心が沈んでしまう。
「待て」
 エイプリルが足を止め、警告を発する。
「誰かが来る」
 エイプリルの視線の先に長い棒状のものが揺れるのとそれを支える小さな姿が見えた。
 それは一度足を止め、こちらを確認すると、勢いよく走ってきた。
「ノエルーー!!」
「ア、アルテアさん!?」
 驚きの声をあげながらも、飛び付いてきたアルテアを抱き留める。
「ノエル、ひさしぶりだな。あいたかったぞ」
「お久しぶりです。アルテアさん、お一人ですか?」
「おいてきた!」
「置いてきたって……」
 なぜか自信あり気に断言するアルテアを体から離して尋ねる。
「アルテアさんは何故ここに?」
「なんだ、しっててきたんじゃないのか」
「え、何を……?」
「ノエル、おまえはやっぱりいいやつだ。……ちゃんと、なおしてかえしてくれた!」
「え……?」
 アルテアの言葉にノエルの思考が止まる。
「もしかして、あいつは君と共にいるのか!?」
「今どこにいる!?」
 まともにものを考えられなくなっているノエルに代わり、クリスとエイプリルが質問する。その問いにアルテアは彼等の望む答を返してくれた。
「ああ、いっしょにいるぞ。おいてきたっていっただろ。まだじぶんのはかのまえだ!」
 その言葉を聞くやいなや、ノエルは弾けるように駆け出し、あっという間に姿を消してしまった。



「なんだか、変な気分ですね。自分の墓の前に立つなんて」
 森をぬけたその場所、トランの墓の前にその男は立っていた。
 体型は深紅のマントに隠されてわからないが、アルテアと同色の髪からのぞく細く尖った耳を見る限り、エルダナーンのようだ。
「あ……その……ト、トラ……」
 ノエルは彼に声をかけようと口を開いた。
 ……だが、出来なかった。もしも違っていたら、彼じゃなかったらどうしよう。
 希望が絶望にかわるかもしれないのが恐ろしくて声をかけられない。
「アルテア? どうしたんですか?」
 ノエルの前で彼が声を発した。
 その声は彼女の知るものではない。だが、その声から滲みでる優しい色は彼女の探し求めていた……。
「……トランさん?」
 彼が振り向いた。
 彼は一瞬、驚きと戸惑いと喜びがないまぜになったような表情を見せ、次の瞬間には優しい笑顔で彼女の名を呼んだ。
「……ノエル」
「トランさん!」
 もう、立ち止まらなかった。
 彼の元に駆け寄って、抱き付いて……、その体が暖かい事を、彼が確かにここにいる事を確認する。
「トランさんトランさんトランさん!」
 まともに言葉が出てこない。ただただ彼に抱き付いて、わあわあと泣きじゃくる事しか出来なかった。
 そんなノエルの頭を彼は優しく撫で、諭すように言った。
「大丈夫。わたしはここにいますから、どこにも消えたりしないから」
 声が違う。
 瞳の色が違う。
 髪の色が違う。
 種族すらも違う。
 でもそんなことになんの問題があるだろう。
 撫でる手の優しい手つき、穏やかに見守るような優しい笑顔。
 この体に宿るのが彼だという、彼がトランであるという確かな証拠がここにある! 
「ずっと、心だけになってもずっと、見守っていましたよ。よく、がんばりましたね。そして…………ありがとう」
「いえ、いいえ。あ、あたし……ト、トランさんが……」
 伝えたい想いは沢山あるのに言葉になってくれない。とめどなく涙が、喜びの涙があふれて……。
「トラン、なのか?」
 そうこうしている内にクリス達も追い着いたようだ。
 呆然とするクリスにトランは笑顔で頷く。
「……っ!」
 クリスは駆け寄り、彼の腕の中にいるノエルごと、トランを抱きしめた。
「ちょっ……おも……! って、うわぁ!」
 ノエルとクリス、二人分の体重を支えきれずトランが尻餅をつく。
 一つ文句でも言ってやろうかと口を開きかけたが……
「トラン、本当に、本物のトランなんだな!?」
 あまりに彼が必死なのでやめてしまった。
 そのかわり少し皮肉げな笑顔で答えてやる。
「間違いなく、わたしはトラン=セプター本人ですよ。まあ、外見は多少美化かかってたりと、変わっていますがね」
「あ、ああああぁぁぁ! よかった! 本当によかった!!」
 そのままボロボロと泣きだしてしまう。
 トランは片腕にノエルを抱いたまま、もう片方の手でクリスの頭を撫でた。
「なに、あなたまで泣いてるんですか。大丈夫、わたしはここにいる。あなたは誰一人仲間を失ってなどいない。あなたは、死神の運命に勝利したんです」
 トランの言葉にうんうんと必死に頷き、ふるえる声で言葉を紡いだ。
「わ、私……お前に言いたい事が沢山、沢山あったんだ……」
「なに?」
 尋ねるとクリスは涙を流したまま、しかし喜びで顔を染め、こう答えた。
「……もういい。お前の顔を見たら、みんな忘れてしまった」
 泣きやめないでいる二人をあやすトランに影がかかった。
 上を見上げると、いつの間に回り込んだのだろう、エイプリルが背後に立っていた。
「このバカが。一人で無茶をしやがって」
「すみません……」
「もう、するなよ」
「……善処します」
 なぜかエイプリルはまだ何かを待っているようだ。
「あの、エイプリル?」
「他に、今言うべき事があるだろう?」
 その台詞で彼女がなにを求めているのかがわかった。
 だが、こういう場合、なんと言えばいいのだろう……。
 ……トランはさんざん考えたあげく、一つの言葉に辿り着いた。そう、コレが最も適当な言葉のはずだ。
「……ただいま」
「おかえり、トラン」
 やわらかな笑顔で答え、彼女もまた、トランを抱きしめた……。




[ ←BACK || ▲MENU || NEXT→ ]
Scribble <2007,04,07>