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トランにも出会えた事だし、いつまでもここにいてもしょうがないという事で、アルテアを含めた5人は霧の森をあとにした。
いきなり旅の目的を果たしてしまい、やる事がないノエル達はアルテアをユージンの元に送り届ける事にしたのだ。
姿の違うトランに、はじめの内は戸惑ったものの、以前と変わらぬ態度に安心し、次第と慣れていった。
そして明日にはユージンの元にたどり着くという夜……。
「アルテアさん、眠っちゃったみたいですね」
「えぇ……」
「トラン、俺達に話とは?」
トランはアルテアが眠っているのを確認すると、仲間達の集うテーブルに戻った。
「ノエル、これからどうする気ですか?」
「特に目的はないんですけど、皆と旅を続けられたらいいなぁって……」
笑顔で答えるノエルを愛おしそうに見つめ、そして次の瞬間には悲痛な顔で彼等に告げた。
「わたしは…………アルテアの元に残ります」
「え?」
「トラン!?」
トランの告白にノエルとクリスが蒼白になる。
その中にあってもエイプリルは冷静だった。
「……理由は?」
エイプリルの問いに彼は寂しげな笑みをうかべて言う。
「今のわたし、アルテアと似てると思いませんか? ……これ、アルテアの兄の身体なんです」
一息つき、今にも泣き出してしまうのではないかという沈痛な表情で彼は言った。
「わたしは……彼女の兄の身体を奪って、生き返ってきたんです」
「……っ!?」
「トラン!!」
「お前……何を言ってるかわかっているのか!?」
ノエルが息をのむ。
クリスが声を荒げる。
エイプリルが責める。
その全てを受け止めてトランは続けた。
「わかって、います。でも、ノエル……これはあなたの責任ではない。生き返ることができた事を本当に感謝しています。だから、これは……わたしの罪……」
「お前の、罪……?」
「"わたし"は元々、魂を失い、事実上亡くなった"彼"に似せて造られた。兄を亡くして悲しむアルテアの為に。……だからこそ彼女が"わたし"の教育係だった……」
クリスの問いに血を吐くような思いで答える。
「無意識に、わたしは……わたしが……自分に似た身体を選んで……その結果、アルテアの兄を奪ったんです」
……あなた達に自分をわかってもらうために。
選んだという理由を飲み込んで、かすれるような声を出す。
「だから……わたしは……これ以上、彼女を悲しませるわけには、いかない……。一人寂しい思いをさせられない」
ガンっと机に頭をぶつけるように、その場で土下座をする。
「どうか、どうか許してください、ノエル。あなたが、生き返らせてくれたのに……、わたしはあなたと共に行けません」
「……トランさんが、そう決めたのなら、しかたありませんね……」
彼への感情を押さえ込んだ蒼白な顔で言って立ち上がる。
「あたしは……トランさんが生きているだけで、じゅーぶんですから」
そしてフラフラと部屋を出ていってしまった。
「ノエル、泣いてたぞ。……あんなに傷つけて。お前、それでも男か!?」
土下座したまま顔をあげないトランをエイプリルが無理矢理上を向かせる。
「……!?」
彼は……
……泣いていた。
机に跡が残るほど涙を流し、叱られた子供のように顔中クシャクシャにして泣いていた。
「なら、どうすればいい? わ、わたし……どうすれば一番いいか、わからないんです」
ボロボロと涙を流しながら言う。いつも理知的にものを考え、ギルドの司令塔を勤めていたとは思えないほど、彼は悩み、苦しんでいる。
……ノエルを傷つけたのと同じだけ、いやそれ以上に彼は傷ついている。
「……それは俺には答えられない。だからトラン、もう一度よく考えろ。自分がどうしたいのかを……」
ただそれだけ告げて、彼女はノエルを追って部屋を出ていった。
「そんなの、決まってるじゃないですか……。でも……」
隣に座るクリスに気付かれないようにつぶやく。
ノエルなら傷つけてもいいなどとは思っていない、ノエルを大事に思っていないなんてことはない。
ただノエルを大事に想うのと同じ位、アルテアのことも大事に思うだけ。
「ほら、鼻かめよ……」
そう言ってクリスがハンカチを貸してくれた。
それを受け取ってから目で問い掛ける。
「いいよ。そのかわり洗って返せよ?」
笑顔で応え、そのまま慰めるように優しく背中を叩いてくれる。
クリスの優しさが、初めて受ける彼の優しさが……今は、辛い……。
「わかるよ、トラン。お前はノエルとアルテア、二人とも同じ位大事なんだよな? だから、どちらかを自分では選べなくて……より幼いアルテアを優先しただけ」
トランは驚いた。
何故、彼は自分の心を見透かしているのだろう、と。
クリスを見つめると、彼は自嘲じみた笑みをうかべて言った。
「昔、私はお前が嫌いだった。だからこそ、仲間内で一番お前を見ていた。だからこそ今の私が一番、お前を理解していると思う」
トランの瞳を覗き込み、はっきりと断言するかのように言う。
「そして思うんだ、……お前は自分の為に何かを奪うような男じゃない、と。……トラン、お前は悲しむアルテアが心配だっただけじゃないのか? だから彼女の元に生き返っただけじゃないのか?」
アルテアが心配?
ああ、それは確かにその通りだ。
しかしだからといって自分がそのためにこの身体に生き返ったとはいえない。
「トラン、あまり自分を責めるな。そして冷静に思い出してみろ。彼女はお前の復活を喜ばなかったのか?」
……ああ、でも……彼の言葉には信じさせる何かがある。
何も答えないトランを、ぽんっと叩き、クリスは立ち上がった。
「私がいると考えがまとまらないだろう? 私はノエルを追うから、彼女には私からお前の気持ちを伝えておくから、一人で考えてみろ」
優しい微笑みを残してクリスは立ち去ってしまった。
静かな部屋にトランがぽつん……と取り残される。
聞こえてくるのはアルテアの健やかな寝息だけ。
「…………?」
エイプリルもクリスも自分で考えろと言う。
でも、考えはまとまらない。それどころか、まともな思考もできない。
ノエルと、仲間達と離れることは身を切られるように辛いこと。でもそれは自分がおうべき当然の罰……。
「……・ん、トランねないのか」
「アルテア、起きちゃったんですか」
「ん」
アルテアが自分の隣をポンポンと叩く。どうやら一緒に寝ろということらしい。
「はいはい……」
涙を隠してトランは彼女の横に潜り込んだ。ベッドの中はアルテアの体温で温まって心地いい。
そうだ、自分はこのぬくもりを守らなければ……。
「なあトラン、あたしたちはかぞくだよな」
「家族?」
確かにアルテアは育ての親で自分は教え子だが、それを家族と呼んでいいのだろうか……。
それに彼女自身が『今は親じゃない』とか言ったのに。
「だって、そうだろう? むかしはおやこでいまは……きょうだいだ!」
朗らかな笑顔。
心の底から信じきっている信頼の笑顔で言う。
「兄妹? わたし……お兄さん?」
「なんだ、イヤなのか?」
不服そうに頬を膨らませる。
「いえ、そういうわけじゃ……。でもわたしはあなたの兄の身体を奪っただけで……」
なおも言いつのろうとするトランの口を小さな手で塞いで彼女は首を振った。そして彼にきゅっと抱き付く。
「そんなむずかしいことはわからない。ただあたしはうれしいんだ。トランもあにも……いちどにかえってきてくれた」
「わたしに……彼の記憶はありませんよ」
「あいつはもとからわすれっぽいやつだった」
……そういう問題だろうか?
「おまえはトランで、あたしのあに。それでいいだろう?」
「あなたが、それでいいのなら……」
「いいんだ! ……だから、へんなことでなやむな」
「……すいません」
謝って小さな体を抱きしめる。すると彼女は腕をまわして抱き返してくれた。
ああ……この温もりが心底いとおしい……。
大丈夫だ、後悔などしない。自分は彼女と暮らしていける。……幸せに、生きていける。
「あたしたちはかぞく。それでいいな?」
「えぇ、そうですね……。親子で兄妹……確かにわたし達は家族ですとも」
アルテアのおかげで心が少し軽くなった。ノエル達のことも……いつか、いい思い出になる日が来るだろう。
「おやすみなさい、アルテア。これからは、ずっと……一緒ですからね」
そう言ってトランは目を閉じた。
だから、彼は……アルテアが不思議そうに見上げたのに気付かなかった。
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Scribble <2007,04,14>