Point of view
〜Chapter 3〜
荒波のような意識が沈静化していく。
自分の意識がゆっくりとこの世ではない場所に移行していくのをなぜか自覚できた。
しかし死にゆく自分を理解しても恐怖を微塵も感じない。
――ああ、これで兄弟のもとにゆける。
今、石丸の心は深い安堵の中にあった。
「……ぃ」
誰だろう、誰かが自分を呼んでいる気がする。まさか自分を殺した犯人が自分を呼ぶはずがないから他のクラスメイトたちだろうか?
「――だい、まだ――てるか。それとももう――じまったか?」
……誰だろう、この声は自分の大切な人の声だったような気がするが。
「死んでんなら、返事しろ兄弟」
「……兄弟っ!」
誰の声なのかを理解した石丸が勢いよく飛び起きる。周りを確認せずに飛び起きたせいで、彼の傍らで様子を見守っていた大和田のあごに自分の頭を強くぶつけてしまう。
「……っ!」
「……痛、くない?」
あの勢いでぶつければひどく痛むはずなのになぜか痛みはなかった。
「そりゃあまあ、死んでっからな。っていうかよ、ちっとばかしききたいことがあるんだが。……オメーは石丸だよ、な?」
「な、何を言ってるんだ兄弟。僕は間違いなく石丸清多夏だ!」
「……そうか。なら一つ言っときたいことがある」
大和田の両手が伸びてきて、左右の頬をつかんだ。
「石田って何だ!? テメーのオレのイメージはあんなのかっ!? つーか呼び出しにほいほい釣られんじゃねえ! だからあっさり殺されるんだろうがっ!」
「呼ばれたのだから指定場所に行かなければ失礼ではないか!? というか石田とはいったい誰のことなのだ!?」
頬を思い切り横に引っ張られている割に普通に声が出た。
「……あ? テメェがそう名乗ったんだろうが」
「記憶にないな。……というか不二咲くんの学級裁判以降の記憶があいまいでな」
呆然とした様子で大和田が頬から手が外した。
「……マジで壊れてやがったのか」
大和田は大きな咳払いを一つすると右手を石丸に差し出した。
「これを言う前に色々やっちまった気がするが……。久しぶりだな、兄弟!」
「ああ! ……死してからの再会など喜ぶべきではないのかもしれないが――僕は今、純粋に嬉しい!」
差し出された手に自らの手を勢いよくぶつける。パンといい音が鳴ると共に互いに手を閉じてしっかりと握手する。二人の顔には学級裁判のときにあった絶望の色はない。死者であるはずの二人の顔は笑顔――喜びの笑顔に彩られている。
「もしかして僕を待っていてくれたのか?」
「死なないにこした事はなかったんだがな。……桑田が言ってたらしいんだよ、『もし死んだとき一人じゃないほうが安心する』ってな。だから先に死んだやつらもこの学園に残ってオレたちの仲間を見守ってる。……四六時中誰かに張り付いてたのはオレだけだけどな」
その誰かとは複数ではなくたった一人、自分のことだろう。
「そうか。なら聞かせてもらえないだろうか。……先に亡くなったクラスメイトたちのことを」
「……ああ」
舞園が話してくれた死の淵の絶望を、桑田の話してくれた憎しみの溶けるときの心情を、不二咲の話してくれた孤独とそれが解消されたときの安心感を、そして自身が死んでから感じた深い深い後悔を大和田は語った。
石丸は時には辛そうに眉を寄せ、時にはいたわるように微笑み、時には安堵の息を漏らし……クルクルと表情を変え、だが静かに大和田の話をきいていた。その視界に自分の遺体が目に入らなかったわけではなかったが、それはもう何の興味も引かなかった。
――そんなモノよりも大事なモノがここに在るのだから。
「大和田! 山田が殺されたっ! ってお前らなにだべってんだよ!」
「……葉隠くんがどうかしたのか」
「そんなボケはどーでもいい! ってかキャラ違うし!」
「すまないな、桑田くん。話し込むより先に君たちに挨拶すべきだったな」
「れはいいけどさ。……そこで気絶してる腐川は無視か?」
「……はっ! 腐川くん、いったいどうしたんだ!?」
「気づいてなかったのか。どんだけ大和田しか目に入ってないんだよ」
「つうか、あのデブが殺されたってどういうことだ?」
「ああ、実はな」
桑田はこう語る。
朝の七時ごろ、セレスと共にいた山田が不審者に攫われ、図書室で頭を怪我した状態で見つかった。そんな彼を保健室で手当てをした後、今現在も行方不明である霧切たちを捜索を開始したのだが……。
「一階で山田の悲鳴が上がったんだよ。そこであいつらは二手に分かれてこっちと保険室に行ったんだ。……オレはここに石丸が呼び出されてたのを知ってたから、そばに張り付いてる大和田に任しときゃいいと思って保健室に行ったら」
「デブが死んでやがったのか」
「……兄弟。なにやら言葉に棘がないか」
「ああ? 当たりめえだろ!? オメーを殺したのはあのデブなんだぞ!」
「はあ?」
桑田が素っ頓狂な声をあげる。しかし殺された本人である石丸は首を軽くかしげただけだ。自己があいまいなまま、いきなり殺されたせいか、死んだという実感はあっても殺されたという感覚はうすいのかもしれない。
そんな石丸の視界の中でなにやらこそこそと動く丸い影がうつった。
「桑田くん。山田くんは死んだといったな?」
「あ? ああ」
「……ならあれは誰の影だ?」
物理準備室の入り口の向こうにまん丸の影が動いているのが見える。そんな影を持ちえるのは自分たちの中で一人しかいない。
「おい、ちょっと待てよ? オレ、確かに血まみれの山田を見たぞ?」
丸い影の持ち主がそっと彼らのいる準備室を覗き込んだ。それは間違いなく……。
「山田!?」
『ふむふむ、今のうち。腐川冬子殿が気絶しているうちに速やかにミッションをコンプリートしなくては』
三人が見ているとは思いもしない山田は準備室にあったビニールシートで石丸の死体を包みはじめた。
「山田くん、いったい僕の体をどうする気だ?」
もちろんその声は彼には届かない。彼はひーふー言いながら作業を進め、ビニールシートで包んだ石丸の死体を台車にのせ、傍らの腐川に気づかれぬように静かに出て行ってしまった。
「あんのデブ! オレたちをだましやがったな!?」
その背を追い桑田が飛び出していく。が、石丸はそこから動こうとしない。
「兄弟、追わなくていいのか」
「別にいいさ。あれはもう僕には必要のないものだ。それよりも腐川くんが気になる。……だから誰かが来るまではここにいたい」
「そうか。なら付き合うぜ、兄弟」
肉体を失ったせいか、親しげに肩へまわされた腕に暖かさを感じる事はできなかったが……。
「ああ、ありがとう」
けれど――たまらなく嬉しかった。
* * * * *
他の人間が腐川のもとにやってきたのを見届けて二人は物理準備室をあとにした。そしてどこを探そうかと当てもなく歩いていると、顔を真っ青にした不二咲が二人を見つけて走ってきた。
「大和田君、石丸君! 山田君が! セレスさんが!?」
「なんだ! 何があった不二咲!?」
「まさかセレスくんまで彼に!?」
「違う。逆なんだ……。山田君がセレスさんに……。いいから来て!」
そうして不二咲に連れられてやって来たのは美術室。そこには顔を青くした舞園とそれを慰める桑田がいた。
「山田くんが殺されたとは本当か!?」
「……はい。まだ、こちら側には来てないみたいですけど、あれではもう……」
「山田を追ってきたそこの準備室にさ、セレスが来たんだよ。あいつら共犯だったんだ」
「あ? 卒業できんのはクロ一人だけで共犯者はおしおきされんだろうが」
「うん。でもね、二人が別々の殺人をおこして、お互いがそれぞれの事件の共犯者になるって形なら協力できる……ってセレスさんは言ってたみたい。――二人の会話からの推測だけどね」
「だが、彼女は山田くんを裏切った」
「というか、そもそも山田君を殺すところまで計画のうちだったのかもしれません。だから凶器のある、ここに……」
舞園はそこまで言うと自分を抱きしめ、ガタガタと震えはじめた。目をかたく閉じ、絞り出すように声をもらす。
「セレスさん、あの綺麗なセレスさんが……すごく怖い、ひどく醜い顔でハンマーを振り下ろして。わ、私もあんな顔をして桑田君を襲って……?」
「だからもういーって! そのことはもういいっこなし!」
「舞園くんは……殺害現場を目撃したのか」
「……はい。桑田君と不二咲君も」
ああ、だからあの時の彼はあんなに青い顔をしていたのか。大切な仲間が大切な仲間を殺す――そんな絶望的な現場を見てしまったから。
『二人の死体が見つかったって!?』
そうこうしているうちに他のクラスメイトたちも石丸の死体と山田を見つけたようだ。ぞくぞくと美術準備室に集まってくる。……そして二度目の死体発見アナウンスが流れた。
『ねえ、目を開けてよ! 山田、ねえってば!』
朝日奈の悲痛な叫びが聞こえてくる。目を開けてくれ、死なないでくれ――彼女は必死に懇願しているが、すでに死者である自分たちには分かる。彼は……もう半分以上こちら側に来てしまっている。
しかし、それでも……。
「山田くん! しっかりしたまえ! 死ぬんじゃない、生きるんだ!」
「おい、兄弟!?」
大和田が困惑の声を上げるのも分かる。
――彼は、自分を殺した犯人なのだから。
しかし、それ以前に山田一二三という彼はクラスメイトなのだ。二年の歳月を共に過ごした大事なクラスメイトなのだ。たとえ自分を殺すという犯罪を犯したからといってそれはかわらない。ならばクラスメイトに生きてほしいと思うこの思いもかわるはずもない。
『山田ぁ!』
「山田くん!」
現世での朝日奈の呼び声と自分の呼び声がきれいに重なった。自分が今気づいたように彼女もまた気づいたのだろう。
たった今、彼は……。
「……う」
モノとなってしまった彼に背を向ける。そして準備室を出て、いまだ青い顔をしたままの舞園の前を突っ切り、しかし美術室の入り口辺りで気力が尽き、ずるずると座り込んでしまう。
その背中にすがりつくように不二咲がそっと抱きついてきた。
「石丸君、つらいよね。どんな事をした人だって死なれるのはつらいよね」
「ああ、辛い……!」
自分を殺した犯人だからとしても、彼の死を割り切ることなんて出来ない!
「わかる、わかるよ。僕もそうだから。たとえ大和田君以外が犯人だったとしても僕もそう思っただろうから」
落ち込む二人の隣を生者であるクラスメイトたちが通っていく。数時間後に行われる学級裁判のための捜査に行くのだろう。……そんな彼らの背中をなんとなく視線で追っかけているとき、おかしな叫び声が準備室から聞こえてきた。
「ぎゃぴーーィ!」
その声と同時に人間大の球体がごろごろと準備室から飛び出してきて、その勢いのまま美術室を飛び出し、前方の壁にぶち当たって跳ね返り、また美術室にかえっていく。
「今のは……」
「山田君、だよね?」
とりあえず落ち込んでいる場合でないのは理解できた。
美術室の前はけっこう広めの空間があるはずなのに、山田と思われる物体は跳ね返ってもどっていった。……つまりそれははじめにかなりな衝撃を与えられたということではないか? そうとなると、それをしそうな人物は一人しか思い当たらない。
「……兄弟!」
「大和田君、いったいなにしたの?」
「あ? ちっとばかし優しくなでてやっただけだ」
「ううう嘘だあ! 思いっきり蹴ったじゃないかあ!」
思わずあきれ返った目で大和田を見てしまう。しかし彼は親友二人のそんな視線をうけても何処吹く風。あさってな方向を見ながら調子外れな口笛を吹いている。
「二人とも止めなかったの?」
「むしろオレも蹴ろうかと思った」
「止めない方が遺恨を残さないかと思いまして」
……二人とも止める気もなかったらしい。
「はっ! 石丸清多夏殿! アルターエゴは渡さん!」
「アルターエゴ?」
何を言っているのだろう。記憶の端にそんな単語が引っ掛かるような、ないような……?
「お前がセレス殿を襲って脅して彼女を奪ったことを僕は知ってるんだ!」
「……は?」
もちろんそんなこと身に覚えがない。いや、記憶の曖昧なこの数日間にやらかしたのか? それを確認しようと大和田を見ると、彼は般若の顔でポキポキと指を鳴らしていた。
「ああ? 兄弟がんなことするわけねえだろうが!?」
「……本当なのだな、兄弟? 僕は取り返しのつかないようなことをしでかしたりしていないのだな?」
「当たり前だろうが! オレはずっとお前に張り付いてたんだぞ、そんなことしでかそうもんなら、その前にお前を呪い殺してる!」
……それを本当に出来るかは横においておくとして、山田が言うようなことはしていないことはわかった。
「っつーかさ、お前そんな嘘信じちゃったの? ありえねーじゃん、だって石丸だよ? 堅物のイインチョだよ? たとえブッ飛んでてもそんなことするわけねーじゃん!」
「う、そ? セレス殿の言葉が……嘘?」
「あの女は自分のコロシを誤魔化すために、壊れちまってた兄弟を利用してテメェを騙したんだよ。ヤツに殺されたんだからそれぐらいわかんだろ!?」
「あ……ああ。僕は……僕は……!?」
山田の全身の肉がブルブルと震え、顔から色彩が引いていく。
「石丸清多夏殿!」
山田が石丸の前で土下座する。あまりにも勢いをつけて頭を下げたせいか、そのまま転がっていきそうになったが、すんでのところで舞園と不二咲が引き止める。
「ごめんなさい申し訳ありませんすんませんでしたーっ!」
顔中を涙や鼻水で雪崩れさせながら額を床にこすりつける。口から飛び出した言葉こそ謝罪を並べ立てただけのものだったが、彼が悔いていること、それが心からのものであることは彼の涙が語っている。
「僕は、知ってたはずなのに! ずっと見てきたはずなのに、石丸清多夏殿がそんなことするはずないってわかったはずなのに!」
床にこすりつけた頭をさらに強く押し付ける。そのまま頭が床に埋まってしまうのではないかというほど強く。
「あ? てめえ、それくらいですむなんて思ってねえだろうな」
「……兄弟、すまないが黙っていてくれないか。――彼に殺されたのは僕で、彼の謝罪を受け取るべきなのも僕なのだから」
――謝罪したからといって、必ずしも罪が許されることはない。自分が許したからといって、彼の罪が消えるわけでもない。
「山田くん」
「はひ……」
「頭をあげて、僕の目を見て、もう一度だけ謝ってはもらえないだろうか」
彼はその言葉を受けて顔を上げて自分の目をまっすぐに見つめ返してきた。顔はいまだに涙や鼻水でぐしゃぐしゃのままだが、その瞳の奥には自分の求めていたものが見える。
「もうしわけ、ありません……した」
途中でたれてきた鼻水に妨害されたり、それをすすったりで途切れ途切れにはなったが、彼は自分の求めていたものをくれた。――謝罪の言葉にのせた改心の意思を。
彼が自分の犯した過ちを認め、悔い改めるというのであれば、自分は――。
「――君の謝罪はこの石丸清多夏が確かに受け取った。僕は、君を許そう」
もともと殺されたという自覚が薄いせいか、彼に恨みというほどのものは持っていない。しかしここで謝罪を受け取らなければ、いずれその気持ちが芽生え、積み重なり、はっきりとした形――刃となって彼に向けられてしまうだろう。
……自分は、そんなことはしたくない。大切なクラスメイトを憎むようなことはしたくないのだ。そして……。
「だから兄弟。君ももう彼を恨まないでやってくれ」
愛する親友に大切なクラスメイトを恨み続けさせるなんてマネをさせたくない。クラスメイトが親友に恨まれ続けるところなんて見たくない。
石丸の願いをきき、大和田が深い深いため息をついた。
「正直言って、そう簡単に気は済みはしねぇんだが……兄弟が言うんならしかたねぇな」
それは、石丸が簡単に許してしまったことにあきれたというよりも、やっぱりこうなってしまったな――と、あきらめてしまったかのように見えた。
きっと彼も、石丸が山田を許してしまうことを予想していたのだろう。
『えー。これより学級裁判をはじめたいと思います。生徒の皆さんは……』
「ねえ、石丸君。どうする? 学級裁判見に行く?」
学ランの端を引っ張りながら不二咲が尋ねてくる。石丸は深くうなずきながら返事を返した。
「ああ、もちろんだとも。……僕たちは次に出てしまうかもしれない死者のために学園に残っているのだろう? ならば学級裁判は必ず行かなくては」
「学級裁判が開廷された以上必ず死者が出るから、ですね」
舞園の言葉に深くうなずき返す。
「正直言うと、僕はあまりいきたくないのですが。なんというか……被害者でクロなのは肩身が狭くて」
「クロで被害者、の間違いじゃねえの?」
「……桑田くん」
「そう睨むなって。ちょっと間違いを言い直してやっただけだろ?」
そうして六人で学級裁判に向かう途中、目覚めてからずっと気になっていたことを口に出した。
「ところで、石田と名乗っていた間の僕はどんな人間だったんだ?」
「「……」」
……なぜだろう、いっせいに目をそらされた。
* * * * *
身を焦がす熱と息苦しさが自分に死を感じさせる。――彼らもこんな絶望の中、死を迎えたのだろうか。
しかしセレスは自分が死ぬことには不満を抱かなかった。
自分は、ゲームに負けたのだ。自分の命を賭け、友の命を代償にしてまで挑んだゲームに負けたのだ。……だからこそ自分の死には何の不満もなかった。自分はゲームの掛け金を支払うだけなのだから。
でも一つだけ――いや一つづつだけ、後悔と望みたいことがある。
後悔とは友を自分のゲームに巻き込んで殺してしまったこと。
そして望みたいこととは……生き残った友人たちが自分の話した動機を信じ込んでくれることだ。
なぜならば――。
「あら……?」
ふと気づくと自分は戒めから解放されていた。しかし助かったのだとは思えない。振り向けば消防車に激突された自分の死の舞台があるし、なにより目の前に自分より先に死んだクラスメイトたちの姿がある。
「皆さんおそろいで。わたくしになんのごようですか?」
「二人も殺しておいて、いい度胸してやがんじゃねえか。ああ?」
パキパキと指を鳴らしながら睨む大和田の服を不二咲と石丸がつかみ、彼を制止する。
「ダメだよ、大和田君」
「女性は殴らないのだろう?」
「兄弟! テメェは腹がたたねぇのか!? あんなつまらねえ理由でこの女は二人も殺しやがったんだぞ!」
「あら? わたくしが殺したのは山田君一人ですわよ。そのこともわからないなんて……」
残念なものを見るようなセレスに大和田は飛びかかろうとするが、それを予測していたらしい二人に引き止められる。それでもずるずると彼らを引きずり彼女の元に向かおうとしたのだが、そこに桑田が加わり完全に動きを止められてしまう。
「離せ! この女一発なぐらねえと気がすまねえ!!」
「分かるけどさ、落ち着けって!」
必死になって暴れるが、腰に抱きついた不二咲も両腕を押さえ込んでいる石丸と桑田も引き剥がすことは出来ない。……暴力を行使するのであれば何とかなるかもしれないが、彼らに危害を加えたいとは思えない。
「山田! テメェは何か言うことはねえのか!?」
動きを封じられた大和田はセレスにせめて一矢を報いようと、彼女の手にかかった山田に叫んだ。……しかし彼の言葉は大和田の意図に反したものだった。
「僕は石丸清多夏殿に許してもらった身ですから……」
「……ぐっ!」
山田のその言葉には大和田も黙らざるをえない。――彼もまた、不二咲に許された身だ。そしてそれは桑田と舞園にしてもそうだ。彼らは互いに殺意を向けあったことを互いに許しあっている。
だからこの場でセレスに何かを言えるのは純粋な被害者である不二咲と石丸のみ。しかし不二咲は殺すくらいなら生きていたくないとまで言ってしまえる人間だ。ならば残る人間はただ一人……。
「兄弟、オメェは? オメェは何か言いたい事はないのか」
暴れるのを止めた大和田から離れ、石丸はセレスの前に立った。そして彼女の目をまっすぐに見つめ、こう切り出した。
「……僕たちを殺すことを悩んだりはしなかったのか」
「悩みなんてしませんでしたわね。だって記憶を失っていたんですもの、あのときのわたくしにとって皆さんは赤の他人。赤の他人のためにわたくしの夢が壊されるなんて……我慢できませんでしたの」
セレスの言葉に顔をしかめ、しかし言葉を重ねる。
「……ならば。記憶を失っていなければ?」
「やっぱり悩まなかったと思いますわ」
石丸の手が血のにじむほどに強く硬く握られる。大和田や桑田の目に怒りが浮かび、不二咲が悲しそうに顔をゆがめ――しかしその中で舞園は冷静に彼女を見つめていた。
そんな数々の視線を受けながらセレスは悲しげに微笑んで続ける。
「……だって記憶をなくしてなんていなければ、あなた方を殺そうなんて思いもしませんでしたもの」
「その言葉、信じていいのだな」
……石丸の手はまだ解かれていない。
「ええ、これは嘘ではありません。だって皆さんは……わたくしの大事なクラスメイトですから」
そう、セレスにとって彼らクラスメイトは何よりも大事な友人たちだった。
この学園で一生を過ごしてもいいと思わせるほどの、名前を預けてもいいと思えるほどの大事な友人たち。だからこそ記憶さえなくしていなければ彼らを殺すことなど考えもしなかっただろう。……彼らのために自分の夢など捨ててしまっただろう。
けれど、自分はその大事な思い出を忘れ――友人を殺した。
苗木からきいた舞園のように仲間の命が危険にさらされたわけでもない、桑田のように殺意を向けられたからでもない。大和田のように突発的に殺してしまったのでも、山田のように騙されて殺してしまったのでもない。
自分は自分の利己的な理由で、自分の意思で友を殺したのだ。
自分の意思で彼らと培ってきたはずの友情を汚したのだ。
そのことが今、たまらなく悲しい。
「……そうか」
まっすぐに自分の目を見てきたはずの石丸の瞳が閉じられた。大和田も桑田も不二咲も自分から目をそらしてしまっている。
ああ、きっと彼らはあきれてしまっているのだろう。――いまさら何を言っているのだろう、と。
「そうか。なら僕は許そう!」
正面に立つ彼が再び瞳を見つめ、口元を緩めた。彼の言葉にも向けられた瞳にもウソは一欠けらも見当たらない。
「い、いいんですの?」
「兄弟がそう言うならしかたねぇな」
「いいんじゃねえの? 山田は何も言わねえし石丸も許すって言ってんだから」
山田や不二咲、舞園も彼らの言葉にうなずきながらセレスに微笑を返す。そんな友人たちの言葉や微笑を受けてセレスはぽろぽろと涙をこぼしながら震える声で言う。
「ど、どうしてくれますの? わたくし、すぐに逝くつもりでしたのに。――あなたたちのことが気がかりで、心残りで……何処にも逝けなくなってしまいましたわ」
「どこにも逝けないならここで一緒にいればいいよ。ここでみんなで一緒にいようよ、セレスさん。ね、みんなもその方がいいよね?」
不二咲の言葉にある者は力強く、ある者はそっぽを向いたまま、ある者は微笑みながら――しかし全員しっかりとうなずいた。
「そう、おっしゃってくださるの? ……ああ、もう本当に、なんてバカでなんてお人よしな人たちなんですの」
「……お人よしなのはセレスさんもじゃないですか?」
「え?」
「セレスさん、なんであんな動機をみんなに話したんですか? セレスさんならみんなをうまく騙せたはずですよね」
セレスの話した動機は決してウソではない。しかし幾多もの駆け引きをこなしてきた彼女ならば彼らも納得せざるもえない動機をでっち上げることも可能だった。
ならば何故そうしなかったのか。それをきっと、エスパーだからと言ってのけるほど勘のいい舞園は正確に読み取っているのだろう。
それならば今、ごまかす事に意味はない。
「――わたくしのことなど気に病まないで欲しい。そう、思ったのです」
自分のつまらない欲などで仲間を殺した女。
そうであればあのお人よしの苗木たちの心も少しは軽くなるかもしれない。自分たちが彼女に死の判決を言い渡したのは当然のことなのだ、と。
それこそがセレスが動機を話した理由。自分に判決を下した彼らの心に傷が残らぬことを死の間際にセレスは望んだのだ。
「記憶を失ってしまっても、皆さんにうつされてしまったお人よしは――完全には消えなかったようですわ」
それでも自分は欲に負けてしまったのだけれど……。
セレスは大きくため息をつくと、苗木たちに何ごとか話し掛けているモノクマの背中を見て語りだした。
「……これまでモノクマはわたくしたちに動機を幾度か提示してきました」
そしてそのたびに自分たちの心は折られ続けてきた。
外の仲間との絆に舞園が折れ、思い出に大和田が折れ、そして欲に自分が折れた。
「幾つもの勝負と駆け引きを切り抜けたわたくしにはわかるのです。……次にモノクマの提示する動機は彼らをひどく傷つけることになるでしょう」
胸の前で手を組み、祈るように目を閉じる。
――願わくば、もうこれ以上誰の心も折られませんように、誰も傷つきませんように。
しかしその願いが絶望に食われてしまったことを、彼女は数日後に知ることとなる……。
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