Point of view
〜幕間〜
死者である彼らの一日は苗木たちとさしてかわらない。
朝のアナウンスで目覚め、生き残っているクラスメイトたちをなんとなく見守りながら、脱出経路がないかを探し、お互いの報告のために集まって話し合い、夜のアナウンスで自室に戻って眠る。基本的にそれの繰り返しだ。
「にしても、これでは本当に死んでいるのか疑わしくなりますな」
「気持ちは分からないでもないが、苗木くんたちには話しかけられないし、扉を突き抜けたりできるのだから間違いなく死んでいるのだろう」
「物は持てないけど、腹もすかないし、起きてようと思えば寝なくても平気だし便利っちゃあ便利だよな」
「寝なくても平気って、試したことがあるの?」
「ああ。……一回やって飽きた」
「扉を通り抜けられるといっても鍵のかかっている扉は抜けられませんから。……一晩中起きていても何もないんです」
「でもよ、オレら自分の部屋は入れるぞ。この前苗木が確かめてたの見たけど鍵かかってたぞ」
「それは……認識の違いではないでしょうか。鍵のかかっている扉は通れない、けれど自分の部屋は鍵を持っているから入れる。そんなことをわたくしたちは無意識に思っているのでしょう」
「なんだそりゃ」
「いいじゃないか。おかげで野宿せずにすむ」
「……似たようなこと初日に言ってたな、兄弟」
などと彼らが雑談を交わしているここは不二咲の部屋だ。生きている間は食堂に集まっていたのだが、なにせ他の人間が来る。彼らに自分たちが認識されないことを再確認するのはつらいし――彼らに目の前で食事をされるのもつらい。いくら腹がすかなくとも食べたいという気持ちまで完全になくなったわけではない。それなのに自分達は食事を取ることが出来ないのだ。
それと彼らが個人の部屋に集まるのはもう一つ理由がある。先に桑田の言ったとおり彼らは物を持つことが出来ない。そのため食堂の椅子を引くことが出来ず、うまく座ることが出来ない。……いくつか出されたまま放置されている椅子にはそのまま座れるのだが、全員が集まって座る事は出来ないし、自分たちの座る椅子に生きているクラスメイトが座ると、自分の体が彼らに重なるという、なんとも奇妙な感じになってしまったのだ。だからそんなことになったり食堂の床に座るくらいなら誰も来ない個人の部屋に集まろうとなったのだ。
それが不二咲の部屋なのはなんということはない。女性陣には男性を部屋に入れるのは――と断られ(苗木は部屋に入れたのにという声も上がったが無視された)、他の男性陣の部屋は散らかっているためだ。――本来なら几帳面な石丸の部屋も片付いているはずだが、石田化していたせいか散らかっている。
「でも、ベッドで寝られてよかったよね」
「布団をきることができないのが残念ですが……」
「でも、寒さを感じるわけでもないし、平気ですよ」
部屋の主である不二咲と女性二人はベッドに腰掛け、他の男性陣は床に座ったり寝転んだりしている。
「ところでよ、桑田。オメェはなんで兄弟の足を枕にしてやがんだ?」
「んー? そこにちょうどいい足があったから?」
「まあ、僕でよければ好きに使ってくれればいいのだが」
「足はしびれないのですかな?」
「僕は四、五時間くらい正座してても平気だ。……それにもう血が通ってないわけだしな、しびれようがない」
ポンと開いているほうの膝をたたき――。
「なんなら兄弟もどうだ?」
「いらねーよ、男のひざまくらなんて!」
「言うな、思い出さすな。オレだって女の子の方がいい」
「だったらやるなよ!」
「……二人とも仲がいいねぇ」
「「どこがだ不二咲!」」
……生きているクラスメイトたちよりものんきに暮らしているように見えるのは気のせいだろうか。
「それにしても不思議ですな。扉はすり抜けられるのに壁は通れない。物は持てないのに地面を突き抜けていくこともないとは」
「それもセレスくんの言ったように認識の違いなのだろうな。壁は通れないもの、地面は歩くものと僕たちが認識しているせいだろう。死んだとしても常識にとらわれているということだ」
「あ、でもオレらやろうと思えば飛べるぞ?」
「飛ぶって……?」
勢いをつけて桑田が起き上がり、不二咲の疑問に答える。
「お前を迎えに行ったとき言っただろ、飛んできたって。あれ文字通り"飛んで"きたんだよ」
「裁判場は地下にありますから、そこから地上に戻るのに飛んだんです。……桑田君が自分たちは幽霊だから飛べるはずだって」
「実際飛べたしな。でもあんまりいいもんじゃねえな。……気を抜いたら落ちんだよ」
「……二、三回落ちましたよね」
舞園が遠い目をして引き継ぐ。
「少しでも気を抜くとまっ逆さまに落ちていくんです。……落ちてしまっても痛くはないんですけど」
「心臓が止まるかと思ったよな……」
桑田もまた遠い目をして答える。その目があまりにも遠くを見つめているせいか『心臓なんてとっくに止まってる』とは誰も突っ込まない。
「ふむ。人間としての常識と共に幽霊としての常識も適用されるということですな。ならポルターガイストなんてのも起こせちゃったりなんかして」
「ポルターガイストって、さわってもないのに物が動いたりすることだよね?」
「わたくし達が物を動かしたとすれば、苗木君たちにとってはそう見えるかもしれませんわね」
「ですが僕達は物をもてませんぞ、安広多恵子殿」
「……山田君、わざわざ本名を呼ばないで下さる? ていうか呼ぶんじゃねえ」
セレスがわざわざ立ち上がり山田を踏みつける。……いくら彼女が折檻を加えようと、今の彼らには痛覚というものがないし、そもそも山田は折檻(彼女いわく躾)を嫌がってはいない。止める必要はないだろう。
「……」
「どうした、兄弟?」
「いや。確かに僕達は物を持てないが、動かせないということはないんじゃないか?」
「どういうことですか?」
「一時期荒れていたせいで僕の部屋は散らかっているだろう。それを片付けようと努力していたんだが……」
「さわれねえのに片付けられるわけねえだろ」
「でもよ、イインチョがわざわざ言い出すってことは出来たんだろ?」
「持って片付けるとまではいかないが確かに動かせた。……ほんの数十センチ動かせただけだが」
「気のせい……もしくは風で動いただけではありませんの?」
「気のせい、と言われれば否定はしきれないのだが、少なくとも風のせいではないな」
「部屋の中に風なんて入り込まないし、僕たちの部屋って空調もとめられているもんね」
全ての窓が封鎖されているため、学校も寄宿舎にも風が入り込むということはない。しかも死んだ彼らの部屋は空調が止められているために人口の風でも吹くことがない。そして扉が施錠されているために開け閉めのときに起きるだろう風さえもない。そんな動力になるものが一切ない部屋で物が動かせたのだ、実際に石丸自身がそれをなしたのであろう。
「なら試してみるか」
大和田が机の上にあったペンを動かそうと手を伸ばす。しかし――。
「触れねえじゃねえか」
それはなんの抵抗もなく彼の手を素通りさせてしまう。……不思議なことに机には触れられたのだが。やはりこれも認識の違いというものなのだろう。
「もっと意識を集中させて、動かそうという意思を持ってさわるんだ」
「んなこと言われてもなあ」
彼の言う通り意識を集中させてみる。といっても具体的にどうすればいいかわからないから、とりあえず睨み付けてみる。
「……」
指を伸ばしペンに触れると、それにあわせてコロリと転がった。
「お?」
コロコロと大和田が指でつつくたびにペンが転がっていく。
「う、動いた。……大和田、ちょっと変われ」
桑田が大和田を押し退けペンをつつく。……が素通りしてしまう。
「集中力が足りないんじゃありませんの?」
「うっせー! 集中してるって!」
大きく深呼吸してから再度ペンに指を伸ばす。すると今度はコロリと動いた。
「おー、動いた動いた」
調子にのってあっちへコロコロ、こっちにコロコロとしている内にペンが机の上から落ちた。
「悪い。山田、拾ってくれ」
桑田がペンが転がった先にいた山田に声をかける。彼は一瞬嫌そうな顔を浮かべたが、セレスが一睨みするとカクカクとうなずいた。
「おや?」
拾えない。
集中はしているのだろう、少しは持ち上がるのだが机の上に戻せるほどはあがらない。ある程度上がったところでストンと落ちてしまうのだ。
「ふーむ。これも僕たちの認識のせいでしょうか」
「"物を持てない"とわたくしたちが認識しているせいですわね」
いまだに山田を踏みつけていたセレスもいったん足をどけて試してみたのだが結果は同じだった。山田よりは上に上がったのだが、そこから先は持ち上げようとした手だけが上に上がり、ペンそのものは落ちてしまう。
「ところでこのペンはどうしますの。このままでよろしいのですか?」
「とりあえず端に寄せとくか」
落とした責任を取るつもりなのか、桑田が落としたペンを部屋の隅にまで転がしていく。……本来なら片付けたうちには入らないのだが、もうペンを使うこともないだろうし一本くらいならこれでもいいだろう。
「なんか、すっげー疲れた……」
大きなため息をつきながらゴロリと横になる。……今度は石丸の膝を枕にしていない。――というか寝転んだ先に足がなく、石丸もわざわざ桑田の頭を膝の上に乗せなおしたりしなかっただけだが。
「疲れたってペンを転がしただけですよ?」
「でもすっげぇ疲れたんだよ。あーだりぃ」
本当に桑田は疲れきっているらしく、大の字になったまま動こうとしない。そう大きくない部屋でこんな格好で寝転がったら邪魔になるため、山田と大和田に手や足を避けられたり、そもそもそこにいるのが邪魔と言わんばかりに転がされたりもしたのだが、それでもなすがままだ。さすがにそこまで動かないと心配なのか、舞園が彼に声をかける。
「部屋に戻って休んではどうですか?」
「んーでも……それすらも億劫っていうか。……あ、ダメ、意識飛びそう」
「だ、だめだよ、死んじゃ!」
「不二咲君、私たちはもう死んでますから」
「ここは成仏しては駄目だと言うべきだろうな」
「いや待て兄弟。成仏はした方がいいだろ。……オレたちも含めて」
「まあ、ある意味今の僕たちは自縛霊みたいなもんですからねぇ」
「自縛霊だなんてそんな……。もう少し言いようはありませんの?」
「んーでは。守護霊とか学校霊とか?」
大きく外れてはいないが何かが違う気がする。
「お前ら……オレをネタにコント、すんなよ」
転がされたままの微妙な体勢で桑田が弱々しい声を上げる。……本気でダメなようだ。
「桑田君……なんなら今日はこのまま僕の部屋で寝る?」
不二咲のその言葉にその場にいた全員の視線がいっせいに一人に集まった。
「オメェら、なんでそこでオレを見るんだ……しかも兄弟まで」
「いや、何でも何も。なあ、みんな?」
「大和田君は、不二咲君の部屋に桑田君が泊まってもいいんですか?」
「オレがいいとか悪いとか決めるこったねぇだろ。不二咲がいいって言ってんだからよ」
「……大和田もかまわねえらしいし、泊めてもらうわ、オレ」
「だからなんでオレに話をふる!?」
「無自覚とは……鈍いにもほどがありますな。な、安広多恵子殿」
「そうですわね、本当に。っていうかしつこい!」
どこか優しげな、というか生暖かい目で大和田を見つめながらうなずきあう。もちろん不用意な一言をもらした山田を踏みつけるのも忘れない。
備え付けられた時計を見てみると、もう夜の九時を過ぎていた。常に照明に照らされている(なぜか死んだ彼らの部屋も)から時間の経過が分かりにくくて困る。なんせ肉体を失っているために体内時計もなく、封鎖された建物内であるため、時間の経過は時計を見ることでしか分からない。
「さて、夜時間には少し早いがそろそろ解散にしようか」
石丸がパンと手をうって立ち上がる。
「でもその前に少し手伝って。桑田君を僕のベッドに乗せてほしいんだ」
「よろしいのですか?」
「う、うん。駄目かな?」
「一応男同士だし……一緒に寝てもいいって言えばいいんだけどさ。本当にいいのか?」
石丸と大和田にベッドに引きずり上げられながら桑田が声を上げる。……なんとなく戸惑っているような声にも聞こえるのはたぶん気のせいではないだろう。
「じゃあよ、不二咲はオレの所に来いよ」
「いいの、大和田君!」
「おう!」
――ああ、やっぱりこうなったか。
そう言わんばかりの視線が不二咲と大和田に注がれる。
「でよ、兄弟もオレのとこに泊まって、男同士語り合おうぜ」
「へ? あ、ああ、うん。そうだな、うん。そうしよう!」
「三人でお話しするんだね。なんだかすごくうれしいなぁ」
――次の日、かたまって寝ているところを見られて"親子がいた!"とからかわれることになるのだが、それを今の彼らは知る由もない。
「……なんだかオレ、いらない子?」
「そんなことないですよ、たぶん」
舞園が桑田の小さなつぶやきを(一応)フォローし、そしてぽんぽんと小さな子供を寝付かせるように肩を叩いてから立ち上がる。
「セレスさん、帰りましょうか」
「そうですわね。では、みなさんごきげんよう」
女子二人が出て行くのを見送ってから男性陣も次々と退室する。
「では、僕も部屋に帰りますかな」
「桑田君おやすみぃ」
「おやすみ、桑田くん!」
「不二咲の部屋で変なことすんなよ」
「変なことって何だよ!? ああ、もう! おやすみ!」
――こうして、死者たちのやけに平和な一日が過ぎていくのだった。
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