Point of view 

〜Chapter 4〜


「あ、大和田君」
「おう、不二咲。どうした?」
「うん、あのね。アルターエゴの様子を見に行こうと思うんだけどついてきてくれるかな。……ほら、この間の集まりで僕たちも頑張れば物に触れるって分かったでしょ? だから頑張ってあの子に指示を出してみようかなって」
「ああ、あの。いいぜ、付き合ってやるよ」
 連れだって脱衣所に向かう途中に話題に上がるのはもちろん彼女のこと――。
「ねえ、大神さん、だいじょうぶかなぁ」
「……まさかあの大神が殺されることはねぇだろう。もちろん、あの女が誰かを殺すわけもねぇ」
 モノクマから大神さくらが内通者であると知らされたものの、彼らはみんな彼女の事を信じていた。彼らは彼女と共に過ごした二年間の記憶を取り戻している、その記憶が全力で彼女のことを肯定するのだ。
 ――大神さくらは悪に屈して友を殺めるようなことをしない、と。
「うん、でも……なんだかいやな予感がするんだぁ」
 不安げに顔を曇らせる不二咲の頭をわしわしとなでる。普段ならばくすぐったそうに笑うか、子ども扱いして、と怒るのだが、そのどちらでもない。なんとかして元気付けてやりたいところだが、うまい言葉が見つからないうちに脱衣所についてしまった。
「あれ? パソコンがないよ?」
 いつも置いてあるボックスの中にパソコンはない。
「誰かが持ち出したのか?」
「何をだ?」
「わあ!」
「っ! いきなり脅かすなよ、兄弟!」
 ボックスの中を覗き込んでいたところを背後からいきなり声をかけられた。驚いて振り返ってみると軽く首をかしげた石丸が立っていた。
「ああ、すまない、脅かしたかったわけではないんだが。……で、何を持ち出したといっていたんだ」
「パソコンだよ、アルターエゴのいるノートパソコン」
「ふむ……。ああ、もしかして」
「知ってんのか!?」
「絶対にそうとは言えないんだが……」
 石丸いわく、つい先ほど霧切と苗木と寄宿舎の入り口ですれ違ったらしいのだが、苗木が服の中に何かを隠し持っていたように見えたのだという。
「ちょうど、こう……抱え込むようにしていたと思う」
 その様子を実演してくれたのだが、その囲い込み方を見ると、ノートパソコン程度の大きさに見える。
「石丸君、どこに行ったか分かる?」
「どこかは知らないが、今追いかければ追いつくんじゃないか。やけに慎重に歩いていたし」
「うん、ありがとう。追いかけるね。……というか石丸君も付いてきて」
「あ、ああ」
 大和田と石丸をつれて霧切たちを追いかける。石丸の言っていた通り、慎重に歩いていたらしく二階への階段あたりで追いつくことが出来た。実際に苗木を見てはっきり分かったが、確かに彼はノートパソコンを隠し持っている。
 彼らはそのまま二階へといたり、なにやら男子トイレの前で言い合いをはじめた。その言い合いに負けたらしい苗木がパソコンを抱えたまま男子トイレの中に入る。普通ならばこんな狭いところに四人もの男子が集まるのは遠慮したいところだが今の三人は幽霊である。彼と体が重なるのを我慢すれば入れなくもない。どうしても無理だったら飛んでよけることも出来るし。
 苗木はきょろきょろと周りを確認してから用具入れの扉を開けた。そして奥の壁をぐっと押し――。
「隠し扉?」
 不二咲、石丸、大和田とトーテムポールのようになりながら用具置き場の奥を覗き込む。そこには巧妙に隠された扉があった。苗木はその隠し扉の向こうでで何かをしているようだ。
「こんな所に部屋があったんだねぇ」
「全然気づかなかったな」
「この先に何があんだ?」
 苗木の後を追い隠された部屋に入る。今まではこんな所に扉があるとは思っていなかったから通る事は出来なかったが、彼らは今そのことを認識した。だから簡単に彼の後を追うことが出来る。
『これでよし、と』
『ありがとう、苗木君。僕、頑張るねぇ』
『うん。でも無理はしないでね』
『うん!』
 そこではノートパソコンの中にうつるアルターエゴと会話する苗木の姿があった。会話から察するにアルターエゴが何かをするために苗木がここにパソコンを運んできたらしい。
「あ、あれ!」
「なんだありゃ?」
「通信ケーブルだな」
「ネットワークに侵入するつもりなんだ!」
 苗木が退出してすぐに不二咲が画面を覗き込む。すると画面には『通信中』の文字が浮かんでいた。
「うー……」
 不二咲がパソコンを睨みつけ、キーボードに指を伸ばす。
【チヒロ、返事をして】
 ゆっくりとだが確実にキーを押す。本当なら漢字変換の労力なんて省きたいところだが、"彼"はプログラムなのだ。少しでも誤解を招くようなことはさけたい。
『……ご主人タマ? 僕をチヒロって呼ぶのはご主人タマだよね!? 生きていたの!? でも姿が見えないよ?』
 数分後、画面に不二咲の姿をしたアルターエゴが現れた。カメラを通して不二咲を探しているらしく、目がきょろきょろとしていた。
【ううん、僕は死んだよ。今の僕は幽霊なんだ。それよりもチヒロは何をしていたの】
『うん、あのね……』
 アルターエゴの語るところによると――苗木たちに頼みネットワークに接続できるこの場所につれてきてもらったのだという。そして出来る限りの情報をさらっていたらしい。
『頑張ってセキュリティを解除してみたんだけど、黒幕とか脱出経路は分からなかったんだ』
【何も分からなかったの?】
『ううん! あのね、"oshioki-hosyu"っていうプログラムを見つけてきたよ。これってきっと霧切さんの言ってた処刑のプログラムだよね?』
「おい、不二咲!」
「……うん」
【それが動かないように改ざんできる?】
『ただ改ざんするだけだったら簡単だけど……僕が改ざんしたらばれちゃうかも。ほら、僕ってプログラムだから人間が分からないように変えるってどうすればいいのかわからないんだぁ』
【手伝うよ】
『ほんと!? ご主人タマが手伝ってくれるなら絶対ばれないよ! 今プログラムコードを表示するね!』
 画面いっぱいにつらつらと文字が表示される。横から覗き込む大和田や石丸にはただの文字の羅列にしか見えないが、不二咲にはそれが悪魔の指令書のように見えるのであろう。憎しみさえこもった目つきで画面を睨み、次々に文字を書き換えていく。
「……あっ!」
 文字を打ち込んでいた不二咲の指がキーボードをすり抜けた。何度もキーを押そうと指を伸ばすのだが結果は同じ、キーボードに触れることが出来ない。
「どうしよう、あと少し、あと少し書き換えないと……」
 その場に崩れ落ちるようにへたり込む。彼は全神経をこめてキーボードを打っていた。だから気力が尽きてしまったのだろう。
「……これだけだとおしおきは止まんねえのか」
「ううん、おしおき自体は動かないけど。このままだとプログラム自体が無効になってるから黒幕に気づかれちゃう。表向きは動くように見せかけなきゃ」
 しかし不二咲はもう限界だ。桑田ですらペンを動かしただけで疲れ果てていたのだ、それよりも小柄な彼ではすでに立つ気力さえもないだろう。むしろ意識を失っていないのが不思議なくらいだ。
「……ならば代わりに僕が打とう、不二咲くんは指示をだしてくれ。……そのために僕たちを連れてきたのだろう?」
「う、うん! でも……」
 指示を出そうにも画面を見ることが出来ない。……力が抜けて立つことが出来ないのだ。
「しっかりしろ! オメェにはオレらがついてるだろ!」
 大和田が不二咲を画面の見える位置まで抱き上げる。
「……ありがとう、二人とも」
「礼はいい。今は指示を頼む」
「うん!」
 不二咲の出す指示に応え、石丸が次々にプログラムを書き換えていく。その速さは不二咲の半分以下、普通よりもやや遅いくらいだろうか。しかし入力間違いを起こさぬように注意を払ってのことならば素人としてはじゅうぶんな早さといえる。
「……っ!」
 石丸の体がぐらりと傾いだ。彼はもともとプログラムなど縁のない普通の少年だ、それを専門とする不二咲よりも多く集中力を要するのであろう。彼よりも早く限界が訪れようとしていた。
「しっかりしろ、兄弟!」
 大和田が片手で不二咲を抱き上げたまま、石丸の体も支えた。それに応えるべく気力を振り絞り、キーボードを打ち続ける。
「次で最後だよ!」
「ああ!」
 指示されたキーを希望を持って押し込む。……いや、押し込んだはずだった。しかしそれは何の抵抗も示さずにキーボードをすり抜けてしまう。
「そんな!?」
 声を上げたのは不二咲だったのか石丸だったのか。それを意識するよりも先に大和田は支えていた石丸を投げ捨てキーボードに指をのばした。
「これだな!?」
「うん!」
 大和田がキーを押した瞬間、改ざんされたプログラムが画面上を流れ、そしてアルターエゴが再び現れた。
『ありがとう、ご主人タマ。僕、今からすり替えてくるね』
 画面に『通信中』の表示が現れて、やっと大きなため息をつく。
「なんとかなったな……」
「うん。ありがとう、大和田君、石丸君」
「気にしなくていいさ。……でも、投げ捨てるのではなく手を離すだけにとどめてほしかったかな、兄弟」
「あ……」
 声のした方向を見てみれば、投げ出された石丸がこっけいな姿勢で壁に激突していた。いくら痛みを感じないとしてもかなりつらそうだ。
「悪いな」
「まあ、君の気持ちもわからなくもないし、かまわないさ」
 自分が二人を支える役目だったとしても、自分も不二咲ではなく彼を手放していただろうし。
「すまないが肩を貸してくれないか。……僕も一人で立てそうにない」
「ああ」
 大和田にすがって立ち上がる。……そう言えば彼は不二咲も抱いたままだが重くはないのだろうか。というか、そもそも自分達の体に体重というものは残っているのだろうか。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
 考えてもしかたがない。それよりも早くここから出よう。
 隠し部屋、そして男子トイレから出た直後、階段の上から声をかけられた。
「ああー!? こんな所にいた!? 大和田、不二咲、石丸どこに行ってたんだよ、お前ら!? ってなんか疲れはててるしっ!?」
 桑田が彼らを指差して叫ぶ。それもそうだろう。やっと三人を見つけたと思ったら、不二咲は大和田に抱き上げられたまま、疲れてうとうとしてるし、石丸も大和田にすがってやっと立っている状態だ。
「まあ、気にすんな。一仕事してきただけだからよ」
「それよりも……桑田くん、何かあったのか?」
「そうだった! 娯楽室で大神が……!?」
「大神に何があった!?」
「……娯楽室の扉が開かねえからまだわかんねえけど。ともかく異常事態だ!」
「……兄弟、今は事情を聞くより娯楽室に急ごう」
「おお!」
 返事をするやいなや、娯楽室に向かって駆け出す。……石丸がそれについていけずに引きずられたりするのだが、大和田がそれに気づく節はなく、本人も気にする様子もない。
 ……そんなことよりも、彼女のことが心配なのだ。
「舞園たちが残ってるけど……急ぐぞ!」
 立ち去る四人の背後で――モノトーンの影が男子トイレへと消えていった。


*   *   *   *   *



 死に至る瞬間、人は人生の走馬灯を見ると言う。自分もまたその例外ではなく、たくさんの思い出が流れては消えていく。
――私は朝日奈葵、あなたは? ……ふーん、大神さくらっていうんだ。これからよろしくね!
『私は朝日奈葵、あなたは? ……大神さくら? じゃあ、さくらちゃんだね。これからよろしくね、さくらちゃん!』
 思い出されたのは彼女との出会い。……なぜか二つある。
 ……ああ、思い出した。自分達はもともと知り合いだった。希望ヶ峰学園の学舎で共に学んだクラスメイトだった。
――さくらちゃん、どうしよう。今日のテスト全然わかんなかった。
――大丈夫だ、朝日奈。……補修には付き合おう。

『さくらちゃん、どうしよう。あの映像、なんなのかな、すごく怖いよ』
『大丈夫だ、朝日奈。我が共にいる』
――さくらちゃん、さくらちゃん! これ、一緒に食べよう! すっごくおいしいドーナツなんだよ!
――ああ、ありがとう。

『さくらちゃん、この飴あげるね。これ、私のお気に入りの飴なんだ』
『ありがとう、朝日奈』
 流れる二つの思い出は多少の違いがあるものの、彼女との関係はまったく同じ。そう、昔も今もかわらず自分達は親友だった。
 黒幕が何を奪おうとも、彼女との友情だけは奪えなかった。
――さくらちゃん、一緒に遊びに行こう!
『さくらちゃん、一緒に探索行こう!』
――さくらちゃん、一緒にドーナツ食べに行かない?
『さくらちゃん、一緒にご飯食べに行かない?』
――さくらちゃん、一緒にプリクラとろう!
――さくらちゃん、明日の大会、応援に来てくれる?
――さくらちゃん、宿題見ーせて。

 ……"今"築いた思い出はあまりにも少なく、いつしか流れる思い出は二年の間に築いたものばかりになっていた。それは何よりも楽しく、素晴らしい思い出。
 自分の人生――最良の記憶。
――さくらちゃん、私たち、これからずっと一緒に暮らすんだね……。
――怖いか?
――ううん。さくらちゃんがいるから平気。
――そうか。なら我は全力で主を守ろう。
――うん。ありがとう、さくらちゃん。私もできる限りのことをするね。
――なに、気にするな。なにせ……。

 ……駄目だ。これ以上思い出してはいけない。いや、思い出したくない!
――道場をなくした今、守るべきは主らだけなのだからな。
 ……ああっ!? そうだ! そうだった!
 自分は守るべき道場などとうになくしていた!
 自分が守るべきなのは仲間たち、そして彼女だったはずなのに!
 自分は! 自分は黒幕の言葉に耳を傾けてしまった、彼女の隣にいる資格を自ら捨ててしまったのだ!
 なんという、なんということを自分はしでかしてしまったのだ!
 そのせいで自分は仲間たちに不和をもたらしてしまった。親友を傷つけた!
 そしてその結果……自分は死を選んでしまった。――もしかするとそれも黒幕の思惑のうちだったのかもしれない。しかし自分は命断つことが最良の方法であると考えた。――いや、そう思い込んで黒幕から逃げだしたのだ。
 敵前逃亡とはすなわち敗北だ。自分は……絶望に屈してしまったのだ。
 自分は――こんな絶望の中、逝かねばならないのか……。
「ダメです。大神さん、まだ逝かないでください!」
「あなたは朝日奈さんをおいて逝けるのですか?」
「……逝けない。我は朝日奈をおいて逝きたくない」
 永遠に閉ざしたはずの瞳を開く。あふれ出る涙でよく見えないが、自分に声をかけたこの少女たちは……。
「舞園、セレス……? 主らは死んだはずでは」
「ええ、死にました。今の私たちは幽霊なんです」
「あなたもですわよ、大神さん。いったい何が……いえ、いったい誰があなたを殺せたのです?」
 大神はそれには何も答えず、ただはらはらと涙をこぼし続けている。大きくたくましいはずの彼女が、やけに小さく、年相応の少女のように泣いている。――舞園たち、いや朝日奈だってこんな彼女を見たことなどない。
「我は……絶望に屈したのだ。我は、我は……自ら命を……!」
「自殺……?」
「黒幕に誘導されてしまったのですね。だからこそ黒幕は毒薬のある科学室の解放直後にあなたが自分と繋がっていることをバラした」
「我が奴と決別したからではなく?」
「ええ、そうに違いありませんわ。たとえあなたが従順に従っていたとしても暴露したはずです」
「"世界の希望"最強の大神さんを殺すために、ですね」
「正確には自ら死を選ばせるためにです」
 大神さくらが黒幕と繋がっているという事実は、否応なく仲間たちに不和を起こす。彼女が黒幕に従おうとそうでなかろうと、朝日奈や苗木は彼女を信じ続け、十神や腐川、葉隠は疑い続けるだろう。その間に起きる不和をなくすのに一番早い方法は原因をなくすこと。――すなわち彼女が死ぬことだ。
 だが、記憶をなくしたとはいえ、人一倍仲間思いの彼女がその仲間たちに殺人を犯させるようなことをするだろうか。
 ――答えは否だ。
 仲間を思うがゆえ、その彼らに対して負い目を持ってしまったがゆえ、全ての重荷を背負える強さを持つがゆえに、彼女は死を選ぶ。……黒幕はそうよんだ。
 それが容易にわかるほど大神さくらは強かったのだ。肉体も、精神も、仲間への思いも……。
「おーい、連れてきたぜ。って大神、やっぱこっちに来ちまってたか。苗木たちがうろついてたから、嫌な予感はしてたけど」
 そう言いながら娯楽室に入って来たのは桑田だった。連れてきたというのは後ろの三人――大和田と彼に抱きあげられたまま眠っている不二咲、小脇に抱えられたまま意識を失っている石丸のことだろう。……どうやらここまで来る途中で限界点を突破してしまったらしい。引きずられてあちこちぶつけられ、あまつさえ階段から落とされたせいではないだろう、たぶん……。
「二人とも、どうしたんですか!?」
「ちっとばかし無理してな。……詳しくは不二咲が起きてからきいてくれ。っていうか学級裁判はオメェらに任せていいか、こいつらをちゃんと休ませてやりたい」
「そうですね。大神さんの自殺ということですし、今回の学級裁判では死者もでないでしょう」
「自殺っ!? ……大神、兄弟たちが目を覚ましたら詳しく話してくれ」
「……ああ」
「では、わたくしたちは学級裁判に向かうとしましょう」
「つーかさ、山田はどこ行った?」
「山田君は朝日奈さんの様子を見ておくように頼んでありますわ」
「だから朝日奈さんに憑いて、先に学級裁判に行っていますよ」
「いや、舞園……。間違っちゃいねーけど、その言い方はやめとこうぜ?」
 そんなことを話している彼らの耳に小さな笑い声が届いた。その声の主を探して視線を動かすと、大神がいまだ涙で瞳を濡らしたまま、しかし笑顔を浮かべていた。
「主らは変わらぬな。我の"知っている"友人たちそのままだ」
「そりゃそーだ。オレはオレだっつーの!」
「そう、人は変わるものではありませんわ。わたくしたちも、あなたも」
「だからオレらの関係も変わらねぇ」
「みんな、大切なクラスメイトです」
 そして合わせたように声をハモらせて付け加える。
「「記憶さえ、なくしていなければ」」
 その絆に強弱はあれど、確かに縁は結ばれていた。記憶さえなくしていなければ、その絆はより強固になるだけのはずだった。しかし友との記憶は奪われ、自分達は殺し合い、命を落とした。
 死者となった今になって記憶と以前の友情を取り戻すなんて、なんと皮肉なことだろう。
「そうか。……我にはまだ主らという友がいたか。ならば……」
 腕で涙を無造作にふき取り、力強く立ち上がる。
「ならば……絶望に膝を折るわけにはいかぬ、死してもなお立ち上がろう!」
 力強く笑った大神に舞園が手を差しのべる。
「行きましょう、大神さん。たとえ、声をかけることが出来なくてもあなたは彼女の隣にいるべきです」
「……ああ!」
 大神さくらの居場所は親友の隣であるべきなのだから。


*   *   *   *   *



『罪を償わなきゃ。私たちみんながさくらちゃんを追いつめたんだ! さくらちゃん一人で死なせるわけにいかない!』
 あふれでる涙をぬぐうこともせずに朝日奈は怒りに満ちた目でクラスメイトたちを睨み付ける。その瞳に宿るのは暗い怒り。親友を殺したのは自分を含む全員であると涙ながらに叫ぶ。
「違う! 違うのだ! 主、ましてや皆のせいでは断じてない! 全て我の責任なのだ!」
 涙を流す親友を大神が抱きしめで叫び返すが、その温もりも思いも彼女には届かない。……もう、彼女らは在るべき世界を違えてしまったのだから。
「それにしても変ですね。。確かに朝日奈さんは思い込みが激しいところもありますが、親友である彼女がここまで真逆に思い込むなんて」
 確かに悲しみで視野が狭まっているとはいえ、朝日奈が大神の心情を全く読み取れない、むしろ逆に思い込んでしまうのはおかしい。
 普段の彼女ならば、大神が仲間を思うがゆえに死を選んだという可能性があることに気づけたはずた。そしてその可能性に行き着いたならば、それこそが真実であると信じたはずだ。
「あのー、やはりあの遺書が原因かと」
「遺書!? 我の書いた遺言書がか?」
「そりゃ、あんな遺書見ちゃったら朝日奈葵殿も思いつめますって」
「そうか。我は最期まで朝日奈を……」
「いえ、待ってください。大神さんが遺した言葉が朝日奈さんを傷つけるはずありません」
「山田君はそれを見たのですね? なんと書いてあったのですか」
「えーと、確か……」
 山田が見た遺書を語るにつれ、大神の顔色が変わる。彼女の背後に立ち上る怒りのオーラがそこにいる者たちにははっきりと見えた。
「それは我の書いた遺言書ではない!」
「黒幕に誘導されてしまったのですわね、朝日奈さんも」
 大神の自殺という、黒幕には物足りない裁判を面白おかしく彩るために。
「でもよ、なんで親友の朝日奈が入れ替えに気づかな――」
 桑田の台詞が途中で止まる。彼も気づいたのだ、朝日奈が遺書のすり替えに気づかない理由に。
「朝日奈葵殿は記憶を失ったままですからな……」
 そう、今の朝日奈は大神と共に過ごした二年の記憶を失っている。
 もしも元の記憶を持ったままならば、彼女はそれが大神が書いた物ではないと気づけただろう。
 しかし今の彼女はそれに気づくことはできない。……記憶を失っているがゆえに、字の違いに気づくことができないのだ。
 ……ヘタをすると今の朝日奈は大神の字を見たことがない可能性すらあるのだから。
 だから大神の口調を真似られて書かれたそれを彼女の遺書だと思い込んでしまった。
『嘘……。これ、さくらちゃんの遺書じゃないの……?』
『そうそう。本物はこっち。朝日奈さんの部屋にあったんだよ。今から読み上げてあげるね』
 無論、それは親切心からではなく、朝日奈をより深く絶望に追いやるためだ。
 モノクマが本物の遺書を読み上げるにつれ、朝日奈の顔から色彩が消えていく。瞳からも力が抜け、ただ後悔の涙が頬を伝うのみ……。
『私、私……さくらちゃん、ごめんね。私、さくらちゃんの気持ちを、全然わかってあげられなかった。し、親友だと……思ってたのに!』
「朝日奈、謝らなくていい。主は我の友、ただ一人の親友だ」
 いくら死んだことを後悔しても時間は巻き戻らない。いくら強くとも死んでしまえばなにもできない。
 目の前で泣く親友を慰めることも、涙をふいてやることもできない……。
『大神さんはみんなのコロシアイを止めるために死んだのに、結局コロシアイみたいになっちゃったねー。無駄死に無駄死に〜』
『違う! 大神さんはボクたちに思い出させてくれたんだ! ボクたちが憎しみあう敵同士ではなく協力すべき仲間なんだって!』
『そ、そーだべそーだべ! 俺らは……仲間だべ!』
『……大神と朝日奈のせいでこのゲームに対する恐怖がなくなった今、ゲームを続ける意義はなくなった。俺はこのゲームをおりる。……なら残る目的はただ一つ、黒幕にキツイおしおきを与えることだ』
『アタシも白夜様についていくわ!』
『みんな……』
「葉隠君、やっと気づいてくれたんですね」
「十神君、あなたもついてくれるなら百人力ですわ」
「ついでにジェノさんもついてくるしな」
「大神さくら殿。あなたの死は決して無駄なものではなかった。このようにみんなが結束できたのですから!」
「みんながかたく結ばれたのならもう大丈夫。何にも負けたりしません!」
「おう! なんたって超高校級のオレらの仲間なんだからな!」
 死者たちを含めた全員が互いの結束を確かめるさなか、モノクマが声をあげた。
『ふーんだ。まだボクにはお楽しみが残ってるもんね。お待ちかねの、おしおきタイムがさっ!』
『おしおき? まさか……』
「朝日奈をっ!?」
『まっさかー。今回はスペシャルなゲストをご用意しました!』
 身を固くした朝日奈を嘲笑うかのようにモノクマが大きな手振りで処刑場を指し示す。それと同時にスポットライトがともり、そこに用意されたゲストを照らし出した。
『アルターエゴ!?』
「アルターエゴ!!」
 苗木と山田の叫び声がきれいにハモった。
 アルターエゴは状況が把握できていないらしく、キョロキョロと目をさ迷わせている。
 そこに最初の一撃が加えられた。
 無慈悲で容赦のない巨大なショベルの一撃。
 人を一撃で死に追いやるその攻撃が一秒たりとも休むことなく連続で加えられる。
 プログラムであるから、悲鳴があがるわけでも、ましてや彼が痛みを感じることもなかっただろう。……しかし、それでも仲間を奪われる痛みがないわけではない。
「ああ〜。アルターエゴが!?」
 彼に執着していた山田が悲鳴をあげる。苗木たちだって顔を青く染め、それぞれの悲鳴をあげる。
 そして処刑場に残されたのは変わり果てた仲間の姿。スクラップというのもおこがましいただの鉄塊。
「……やっぱ、プログラムに魂はないんだな」
「当然のことかもしれませんが……」
 死んだ自分たちのように幽霊となる気配はない。あれほどまでに表情豊かに会話していた彼が、ただの物であったと見せつけられた気がした。
『よくもボクらの仲間を殺したな! ただのパソコンなんかじゃない、アルターエゴは仲間だったんだ……!』
「そうだそうだ! アルターエゴは僕の恋人だったんだぞ!」
 苗木のあとをついで山田もほえる。その感情がなんであれ、彼もアルターエゴを思っていたのにかわりはない。
『無意味な死を見ると、なんだか元気になるよね!』
『違う、無意味な死なんかじゃない……。みんなの、仲間の死が……ボク達を強くしてくれるんだ! いつか絶対思い知らせてやる!』
『おお〜怖い怖い。ま、それはともかく遺書の続きを読んどこうか』
 そして一つの事実が明かされる。黒幕が自分たちの体に何かをしているということが。
「って、何されてんの、オレたち!?」
「あら、わかりませんの?」
「っていうか一つしかないと思うのですがね。ほんとーにわからんのですか、桑田怜恩殿」
「おかしいとは思わぬか。なぜ我ら全員が黒幕の都合よく共に過ごした記憶を失った?」
「……あ!」
「黒幕が私たちの体に何かをしたから私たちは記憶を失った。……死んだ今、記憶を取り戻したのは何かをされた肉体を失ったからなんでしょうね」
「あるいは僕らの思い出は脳ではなく魂に刻まれていたからかもしれませんな」
「どっちにしろ……記憶を失ったのも、オレらが殺し合いをしちまったのも黒幕のせいか!」
「そうですわね。……わたくしは、これほどまでにヒトを憎んだことはありませんわ」
 苗木に寄り添う舞園が、霧切のそばに立つセレスが、朝日奈を抱き締めたままの大神が、十神とジェノサイダー翔の後ろに立つ桑田と山田が――いっせいにモノクマを睨む。
「苗木君はあなたなんかに負けたりしません!」
「超高校級の探偵がわたくしたちの代わりにあなたを裁いてくれますわ」
「もう二度と、朝日奈を傷つけるような真似はさせん!」
「ぜってーにオレらの仲間がお前を倒すんだからなっ!」
「この場にいない大和田紋土殿たちに代わり僕が言おう! 絶対にお前にギャフッと言わせてやるっ!」
 苗木たちもそれを見守る彼らもかためる意思は一つ、黒幕を倒すことのみ。そのために結ばれた結束はかたく、もはやゆるぐこともない。
 しかし、絶望という名の猛毒が――彼らの結束を蝕むために流し込まれようとしていた。




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