Uneasiness
最初の印象はかわった人だなー……だった。
今まで見たことがない肌色だったのもあるけれど、それ以上に彼女はかわっていた。
だってそうだろう?
初歩魔術を身に付けていたとはいえ、自分みたいな子供を、そしてそれを連れた口のきけない盗賊を仲間にする人はなかなかいない。……実際断れ続けてたし。
だから彼女が天使だって知って納得した。
彼女は自分たちに同情したから仲間にしてくれた。
……そう思ってた。
怪しげな術で囚えた黒騎士を完全に我が物とするために妖女が手を振り上げる。
その指先から禍々しい光線が発せられると同時に黒騎士の前に躍り出る人の姿があった。
「ノーヴェさん!」
「ねーやん!?」
「……!」
悲鳴混じりに名を呼ぶ自分たちの前で彼女は打たれた。……だけど。
「……っ! こんな、もの……」
歯をくいしばり、裂帛の気合いで術を振りほどく。
「なぜ!?」
「何故!?」
妖女と騎士の疑問の声がきれいにハモった。だが彼らの疑問の論点は明らかに違う。
なぜ、人間がこの術に抵抗できるのか?
何故、人ならざる身に落ちてしまった自分をかばうのか?
ノーヴェは口元にきれいな笑みを浮かべ、しかし瞳に険のある光をのせて妖女にこう言い放った。
「翼と光輪を無くしたとはいえ、私は守護天使。人の身を縛る程度の縛鎖では私を捕らえられない」
瞳は妖女から離さずに、けれど優しい口調でこう続ける。
「かつて"私たち"はあなたを救うことが出来なかった。けど今度はそんなことない。私が、あなたを護るから」
剣を引き抜き妖女に突きつける。
「妖女イシュダル! ウォルロ村の守護天使ノーヴェが、この名にかけてあなたを倒す。在るべき場所に還れ!」
ふんわりと舞ってきたピンク色の花びらが鼻の上にちょこんとのった。それをうざったそうに取り除いてウーノは屋根の上によじ登った。
「ねーやん何してんの」
目的の人物は自分を見つけると困ったように笑った。
「ウーノこそどうしたの? 落ちたら危ないよ」
「ねーやんこそ」
「私は平気。体は丈夫だしね」
クスクスと笑いながら自分を引っ張りあげ、隣に座れと促してくる。
「なあ、ノヴねーやん」
「んー?」
「ねーやんが天使って本当?」
「本当だよ。翼とかないから信じられないのも無理ないけど」
「……ううん。信じるよ。おれだって魔法使いだもの。あれが……人間に出来ることじゃないってわかるよ」
「そっか。……ありがとう」
そう微笑んで頭を撫でてくれる手は普段剣をふるっているせいか、女性にしては固かった。けれどこの上なく優しい手だと思う。……少しだけ、魔法を教えてくれた祖父を思い出す。
そんなあたたかい気持ちをプルプルと振り払い口を開く。
彼女にはいくつか訊きたいことがある。だからこそ怪我をして寝込んでいるクワットロを放ってここまできたのだ。
「ねーやんはさ、ウォルロ村ってとこの守護天使なんだろ?」
「うん?」
「ならなんで黒騎士のこと助けんの?」
「なんでって?」
「だってあいつルディアノの住人じゃん。ウォルロ村関係ないだろ」
「出身が何か関係あるの?」
「へ?」
「誰かを助けるのに理由はいらないでしょ。困っている人がいたから助けた。ただそれだけ」
「……困ってる人全部助けるつもりなの?」
「そりゃ物理的に無理だわ。……でも目の前で困っている人……自分が助けたいって思った人くらいなんとかしてあげたいじゃない?」
「それは守護天使だから?」
「……確かに守護天使としての使命感もあるけど、"私自身"が助けたいって思ったのが一番かな」
どこか寂しげな、でもとても優しい微笑でこう続けた。
「感謝の気持ちを直接目に見ることは出来なくなってしまったけれど、その代わりに感謝の言葉を私に伝えてくれる。目には見えない『ありがとう』という気持ちを言葉以上に伝えてくれる。……それが私は嬉しい」
「……じゃあさ。おれが『ありがとう』って言っても嬉しい?」
「どういう意味?」
胸の辺りがズシリと重くなる。今からする質問を、彼女が肯定したらと思うと息がつまる。
なら問わなければいい。そう心のどこかでささやくものがいる。
けれど『そうか』、『そうでない』かがわからずにいるのもまた、辛いのだ。
意を決して口を開く。
「ノヴねーやんは、おれたちに同情したから仲間にしてくれたんじゃないの?」
人を護るべき天使だから自分たちを『仲間にする』という形で保護したのか?
ウーノが聞きたいのはそういうことだった。
「ウーノ」
ノーヴェの瞳に険しいものが宿る。手を自分の頭にのせ、くしゃりと髪をかき混ぜた。そして五指全てに力をこめ、キリキリとウーノの頭を締め上げる。
「痛い痛い痛い!」
痛いけれど嬉しかった。これは、この仕打ちは自分への答えだ。彼女は自分の質問に怒っている。それはつまり……。
「私は苦楽を共にする仲間をそんな理由で選んだりしない! 純粋にウーノたちと行きたいと思ったからこそ仲間になったの!」
「ごめん、ごめんなさい! でも不安だったんだよ!」
「……不安?」
込められた力がゆるめられる。
「だっておれ子供だし! にーちゃんも口きけないし! 普通ならこんな奴ら仲間にしないよ!?」
大人の半分程度の能力しかないであろう自分とコミュニケーション能力の著しく低い彼。普通の者ならばわざわざ仲間に選んだりしない。知り合ったとしても敬遠するのが普通の反応だろうと思う。
だから彼女らは自分たちにとって初めての仲間だった。
まだ一月にも満たない付き合いだが、よく喋りよく笑うノーヴェといつも優しく穏やかなトレのことが大好きになっていた。……だから、辛い。
同情から仲間になってくれたのだと思うと辛い。優しい眼差しが哀れみからくるものだと思うと辛い。
だから問うたのだ、彼女らの真意を。
同情から仲間になったのだと肯定されたら、悲しくて辛くて、もう共にはいられない。けれどそれをはっきりさせずに彼女らに疑いの目を向けるのもまた、辛かった。
ぼろぼろと涙がこぼれる。子供らしくゆるい涙腺から涙が際限なしあふれてくる。
「ウーノ……」
ノーヴェの腕が背中にまわされ、そっと抱きしめられた。女性にしてはかなり控えめな膨らみに顔をうずめられる。
「君は自分が子供だからと言うけれど、幼くして魔法使いになれた君が人よりも劣っているとは私は思わない。それどころか君が懸命ながんばり屋さんなんだって思うよ。……クワットロだって口がきけなくて自分のことで手一杯だろうに、君や私たちのことをよく助けてくれる。彼が外見に似合わず面倒みのいい奴なんだってわかってる。それに……」
「それに?」
顔をあげ、彼女に目をあわすとにっこりと笑って言った。
「ルイーダさんに紹介された時、君たちはとてもいい笑顔だったよ。そんな笑顔をうかべられる、交わしあえる人たちとならきっと楽しい旅ができると思ったの。事実、私は君たちと旅ができて楽しい」
「……そのわりにはよくにーちゃんとケンカしてるけど」
この一月の間のことを思いうかべる。
彼女とクワットロは戦闘では素晴らしいコンビネーションをみせるのに、よくケンカしている。それは戦闘中の小さなミスだったり、野営時の見張りの順番だったり、晩御飯に何を食べるかだったり……。筆談しか出来ない彼とよく口喧嘩が出来るものだと感心出来るくらいよくする。
……でもまあ、指摘されたミスはきっちりなおしたり、順番や主張を譲りあったりしているところを見ると仲は悪くないのかもしれない。……ならケンカするなと言いたくもあるけれど。
「正直言うとね、楽しいんだ、彼とやりあうの。故郷にはそういった友人はいなかったから」
ノーヴェがウーノの頭をグリグリと撫でながら笑う。
「君が慕ってくれるのも嬉しいし、トレが優しく諭してくれるのもありがたい。……不幸な事故で地上に落ちてしまったけれど、君たちと出会えた事は奇跡のように幸福なことだって思う。いつか故郷に帰る事になったとしても、私は君たちの事を忘れない」
「……やっぱりいつか帰んの」
「そうね……。きっと皆心配しているし。でも」
続きを言おうと彼女が口を開いた時、クシャンとウーノがくしゃみをした。どうやら体が冷えきってしまったらしい。
「……帰ろうか」
「……うん」
ノーヴェが屋根から飛び降りる。軽やか、とは言えないが、何の苦もなく地上に降り立ち振り返った。
「さっきの続き。でも私はね、また地上に降りて、君たちと旅がしたいと思ってる。翼も光輪も無くし、仲間の一人も守れない……逆に守護すべき人間に助けられてばかりのダメな天使だけど、君たちは私を受け入れてくれる?」
ウーノはしばらくノーヴェを見つめ、口元をニヤリと歪めた。そしてノーヴェに飛び付くように飛び降りた。
「……っ! あ、あぶない! 怪我したらどうするの!」
「ちゃんと受け止めてくれたじゃん。……天使としてダメとか関係ないよ。おれはねーやんのことが好きだし、ねーやんもおれのこと気に入ってくれてるんだろ? だったらそれでいいじゃん。……それにさ、今ちゃんとおれのこと守ってくれた。出来る時に出来る限りの手助けしてもらえればそれでいいんだよ。……だってさ仲間って、誰かが仲間を一方的に守るんじゃなくて、お互い守りあって助け合うもんじゃないの?」
その言葉にノーヴェは小さくため息をついた。そしてウーノの頭を撫でてから深々と頭を下げた。
「ごめん、バカな事を言ったね。全くもってその通りだよ。一緒に旅がしたいから仲間になったと言ったばかりなのに、私は何を言っているんだろうね」
「いいよ。おれも変なこときいちゃったし。それよりもさ、早く部屋に帰ろ。本気で寒くなってきたし」
「そうね。厨房がまだ開いていれば何かあたたかいものを貰おうか」
「おれはホットミルクがいいな」
「そういうのを聞くとウーノが子供なんだって実感するよ」
「いいじゃん別に!」
「はいはい」
手を繋いで宿屋の中に戻っていく二人は、まるで仲のいい姉弟のようだった。
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Scribble <2010,06,27>