Reunion



 昔から同情されるのが嫌いだった。
 この病的にまで白い肌を見て体が弱いに違いないと決めつけ同情してくるものがうっとうしかった。
 声にしてもそうだ。失ったのはもうずいぶん昔の事。声なしに生きていく覚悟などとっくの昔につけている。
 なのに奴らはそれを理解しようとしない。オレが耐えているだけだと勝手に思い込み、勝手に同情する。
 ……優越感に浸りたいがための同情などいらないと心底思う。
 だから、同情の視線を向けてこない彼や彼女らのそばが心地いい。
 明け透けになぜ喋れないのかと尋ねてきたウーノが、必要な時に必要なだけ手助けしてくれる彼女トレが、全てをただの事実と受け止め、他の者と変わらない扱いをしてくれる彼女ノーヴェが自分は好きだと思う。
 そう、オレが好きなのは彼であり彼女らのはずだ。
 ……そのはずだった。



 峠の道に向かう道すがら、隣を歩く褐色の娘ノーヴェが眉をよせ、ひたすら何かを考えていた。その頭を軽く叩く。
「……うん」
 何が『うん』なんだか。
【何を悩んでいる?】
 コンコンと黒板を叩いて視線を向けさせる。すると彼女は歯切れ悪く、こう言った。
「もしも……私たちがもう少し早く病魔を封印出来てたら、エリザさんは助かってたのかなって……」
「……そうなのかもしれませんね」
「ねーちゃん!?」
 彼女はそうはいうが、自分たちは最大限の努力はしたはずだ。さすがに薬等を買い足しはしたが、装備もそこそこにしか整えず、旅の疲れを癒す暇も惜しみ、病魔に挑んだ。幸い自分たちは回復魔法の使い手が複数いるため辛くも勝利したが、正直危なかった。
「もう少し早ければエリザさんは助かってたのかもしれない。でもそれを言うならば、町長さんがルーフィンさんと和解していれば、ルーフィンさんがエリザさんのことをちゃんと見ていれば、エリザさんが自分の病を隠さなければ……きっとエリザさんは命を落とすことはなかったでしょう」
 大きくうなずいて、黒板に自分の意見を書き記す。
【彼女よりも体力的に劣っているはずの子供や老人は助かっているからな】
 ルーフィンと町長が和解していれば、エリザはもっと多く町長宅を訪ねることがあっただろう。それならば誰かがエリザの不調に気付く事が出来たはずだ。ルーフィンがエリザを見ていれば、エリザが不調を隠さなければ……エリザが病魔におかされていると気付く事が出来たならば、適切な看病を受けていたならば彼女は命を落とすことはなかった。
「……ベクセリアの守護天使は何をしていたのかな」
「そーだよ! 守護天使様は何してんの!?」
「それが、よくわからないんだよね。ベクセリアの守護天使は私も知っているけれど、すごく勤勉で普通なら病気が流行りだしたりなんかしたら、すぐに行動するヒトなんだけど」
「見かけたりはしなかったのですか?」
「うん。本当にいなかったのか、私が"視る"事が出来なかったのかわからないけど。……天使界に帰った時にきいてみる」
「やっぱ帰っちゃうの」
 ウーノがノーヴェの服を引っ張り寂しげに呟く。そんな彼の頭に手を置いてガシガシと撫でる。
「わかってる。わかってるけど」
 そうこうしているうちに目的地についた。視線の先にはなぎ倒された草木が見える。しかし女性陣には黄金に輝く方舟が見えるそうだ。
「ちょっと動くか見てくる」
 ノーヴェが見えないステップをのぼり、奥へと消える。不思議なことに手前にいるときには彼女の姿が視認出来るのだか、ある程度奥に行くと姿が消えてしまう。
 確認は出来ないがここに何かがあるのは確かなようだ。
 ビリビリと地面が揺れた。以前に来た時も感じたが、今回はそれよりも強く、長い。
「……動いた!」
 ノーヴェが見えない何かから飛び出すやいなや、こう叫んだ。
「なら天使の国にお帰りになるんですか?」
「うん。皆心配してるだろうし、ベクセリアの事もききたいしね」
 そう言うと彼女はウーノの頭を撫でて微笑んだ。
「泣かないで。前にも言ったでしょう? 私は君たちと一緒に旅をしたいって。私はちゃんと戻ってくるよ。今度はちゃんと許可をとってね」
 ……出来るとは限らないことを約束しないでほしい。
 そんな自分の視線に気付いたのかノーヴェが耳元に口を寄せてきた。
「許可を頂けなくても、必ず一度は君たちの元に戻ってくるよ。……お別れを言うために」
 クルリと背中を向け、再び見えない何かに乗り込んで行く。
 その瞬間、視界いっぱいに光が広がった。
 ノーヴェが乗り込んだ何かが光を発しているのだ。 かなり強い光のはずなのに、それは目を焼くことはない。ただ、ただ神々しかった。
 光が美しい線を描きながら空の高みへと登っていく。
「さよなら、皆。……また、今度!」


 ノーヴェと別れたからといってパーティを解散する必要もないしと、自分たちは一緒に行動している。
 どこに何しにいくという明確な目的を持っていなかったし、ノーヴェが守護をしていたというウォルロ村に行ってみようかということになった。
 のどかでいい村だと思う。
 村の中央を流れる川の水は澄みきってきれいだし、村人も気のいい人が多い。
 相談した結果、しばらくはこの村で休養しようという事になったのだが、何だかんだと働いている気がする。
 教会の鐘が壊れていたから直すのを手伝ったり、リッカとの手紙を運んでやったり、ちょっとした怪我を治してやったり……。どうやらノーヴェのお人好しが移ってしまったようだ。
 そんなこんなではや一週間。
 ウーノは村の少女と仲良くなって暗くなるまで遊んでいるし、トレは井戸端会議に参加していたりと、村の生活を満喫していた。
 そんな中、自分は一人でいる事が多かった。
 自分はコミュニケーション能力が著しく低い。加えて容姿も人好きのする容姿とは言いがたい。だからだろうか、ウーノたちと村人たちの距離と、自分と彼らの距離はずいぶん差がある。
「……」
 眼前にはきれいに磨き込まれた天使像。それには『ノーヴェ』と刻まれている。
 空を見上げ、音なき声でノーヴェの名を呼ぶ。
 寂しかった。
 口をきけない事など気にせずに話しかけ、満足な会話も出来ないのに全力で口喧嘩を吹っ掛けてくる彼女が恋しかった。
 ……恋しい? いや、何かの間違いだろう。
 懐かしがるほど長くの時間がたったわけではないし、ノーヴェに恋心を寄せているわけでもないはずだ。
「……て!」
 今、上の方から声が聞こえたような……。
「滝から離れてっ!」
 ……ノーヴェ!?
 滝壺に何かが落ち、大きな水しぶきがあがる。ふりかかる大量の水の合間から滝壺をのぞくと銀色の頭が浮かんでいるのが見えた。
 泳ぐのが得意ではないらしく、岸辺に向かおうとしているらしいがもがいているようにしか見えない。
「……!」
 上着を脱ぎ捨てて飛び込み、彼女の元に泳ぎ寄る。
「……クゥ」
 咳き込むノーヴェの体を支え、岸辺まで泳ぎきる。その頃には騒ぎに気づいた村人たちが宿屋の店主を筆頭に橋の周りへと集まっていた。
「なんだ、ノーヴェ。また落ちたのか」
「ごめ……。魔法……制御に……! 失敗しちゃ……」
 謝りながらも派手に咳き込む彼女の背中をなでてやりながら回復魔法をかける。自分の魔法ではあまり役にたたないかもしれないが少しはマシになるだろう。
「ありがとう、クワットロ」
 にっこりと微笑んでから立ち上がり、村人たちに向かって深々と頭を下げる。
「皆さん、ご迷惑をおかけしてすいませんでした」
「いや、それはいいんだけどよ。体は大丈夫なのかよ」
「うん、平気。クーが魔法かけてくれたし」
「とりあえずうちの宿屋に来いよ。あんたもずぶ濡れのまんまじゃ風邪ひくだろ」
 その言葉にうなずいて立ち上がる。ふと野次馬を見渡してみれば、こちらに来ようと難儀しているらしい桃色の頭が見えた。
 そちらに向かって大きく手をふると、彼女も手をふりかえしてきた。それで彼女が自分たちと知り合いであると気づいた村人たちが道を開ける。
「何があったのですか、クワットロさん。……ノーヴェさん!」
「……やっと出られた〜。ってノヴねーやん!?」
 人混みを這って抜け出してきたらしいウーノが目を丸くした。そして笑顔でノーヴェに抱きつこうとしたが、すんでの所でトレに止められる。それもそうだろう。今、彼女はずぶ濡れなのだ。抱きついたりしたら濡れてしまう。
 ノーヴェはそんな彼らの様子を楽しげに見つめ、こう言った。
「ただいま、皆。詳しい話は宿屋でしよっか」



 乾いた衣服に着替え、ノーヴェの話を聞く。
「下に降りる許可はまだいただいていないんだけど、代わりに一つお願いされちゃってね」
「お願いって?」
「地上に落ちた女神の果実を集めてほしいって」
「どんなものなのですか?」
「実ってすぐに落ちてしまったから、うろ覚えだけど……確かこれくらいの洋梨に似た黄金色の実」
「それっておいしいのかなあ?」
「さあ? 実ったのも初めてだから誰も味なんて知らないと思う」
【心当たりは?】
 この問いにノーヴェは首を横にふった。
「全然。ただ世界樹様にダーマ神殿のある土地に導かれただけ」
 ダーマ神殿……確か世界の中心にあると聞いた事がある。
「そこに何かあるのかな?」
「そうかもしれませんね。早速向かうとしましょう。クワットロさん、キメラの翼はまだありましたよね」
 うなずいて道具袋に手をのばすが、それはノーヴェによって遮られた。
「キメラの翼は使わなくていいよ。世界樹様に新しい魔法を教えていただいてね、それで行けるよ」
 ……もしかして、さっき制御に失敗したという魔法だろうか。
「……今度は気をつける」
 やっぱりそうか。ぜひとも気をつけてもらいたいものだ。自分たちは彼女ほど体が丈夫ではないのだから。
「……あ」
「どしたの?」
「クーって泳ぐの得意だよね?」
 まあ、確かに彼女よりは得意だろう。
 うなずいてみせるとノーヴェははっしと手を握り、頼みこんできた。
「さっきの場所でね、落とし物をしちゃったんだ。出来れば取ってきて欲しいの。……私じゃ、底まで潜れないから」
 ……それなら着替える前、宿屋に戻ってくる前に言え。と言いたいところだが、あの状況では無理だっただろうと思いなおす。
「(どんな物だ?)」
 唇の動きを読んだのだろう、ノーヴェが目をキラキラさせながら胸元に飾っていたブローチをはずす。青い石に留め具がついただけのシンプルな物だ。
「これと同じ形をしたペンダントトップ。場所はこれを持っていけばわかると思う」
「?」
 首をかしげてみせるとノーヴェはどこか誇らしげに説明してくれた。
「これは方向音痴の私のために作ってもらった物でね、対なる装身具っていうの。片方を持っていれば、もう片方の位置が自然にわかるんだ」
 彼女から装身具を受けとる。なるほど、確かにどこにあるかがわかる。それに従い宿屋を出て村の真ん中にある橋へと向かう。どうやらこの下にあるようだ。
 長い間話を聞いていたせいか、すっかり暗くなってしまった村の中は人気がなくなってしまっている。一応、まわりを見渡して人目がないのを確認してから服を脱ぐ。
 せっかく着替えたのだし、下着も脱いでから潜ろうかと手をかけた所でタオルを抱えたノーヴェたちが追い付いた。指をくるりと回して後ろを向くように指示する。
「ごめん」
 ノーヴェたちが後ろを向くのを待って下着を脱ぎ捨て体を水に浸す。何度か深呼吸をしてから、水面下に潜る。
 暗くなった水の中はほとんど視界がきかない。差し込む月明かりが水面を教えてくれるが、右も左もわからない。しかしこの魔法具のおかげで求める物がどこにあるかわかる。直感に従い手をのばすと固いものがあたった。それを握り込むとさっき借りたブローチと同質の物である事がわかる。
 目的を果たしたらならばこんな所に用はない。さっさと岸に上がり、体を拭って衣服を身につける。そして後ろを向いたままのノーヴェの肩を叩いた。
「……あった?」
 うなずいて借りていたブローチと取ってきた物を手渡す。それは服に留める金具がない以外はブローチと同じ物だった。
「ありがとう。これ、本当に大事な物なんだ……」
「ねーやん、それ、どうすんの? 二つともつけとくの? それとも天使の国に預けにいくの?」
「それなんだけど……これ、誰かが付けといてくれないかな?」
「私達に預けてくださる理由はわかりますが、ペンダントの方なのですか?」
「うん。ブローチは師匠からの預り物だから」
 ノーヴェの手のひらで輝くペンダントトップを見ながらポケットを探る。そこに記憶通りの物があるのを確かめてから、それを取った。
「クー?」
「にーちゃんが持っとくの?」
 うなずいてペンダントトップにポケットから出した革ひもを通して首からさげる。
「それがいいかもしれませんね。ノーヴェさんが迷子になった時、私とウーノ君は人に尋ねればいいだけですが、クワットロさんはそれが難しいですし」
 ……別にそんな理由で取った訳じゃない。
 ……?
 なら、なんでこれが欲しかったんだ?
「にーちゃん、顔赤」
 微かに浮かんだ可能性を振り払うために、余計な事を言おうとしたウーノの頭をはたき、クスクスと笑うトレを軽く睨み付ける。
「認めてしまった方がよいと思いますよ?」
 ……認めるもなにも、それは誤解にすぎない。
「……どうしたの? なんか、変な応酬があった気がするんだけど」
「いえいえ、何でもありませんよ。それよりどうします? 出発は明日にしますか?」
「外は暗いけれど寝るには早い時間だし、向こうに行こうかなって思ってたんだけど」
「じゃ、おれはタオル返してくるね!」
「なら私も一緒に行ってニードさんに挨拶してきましょう」
「うん、お願い。私は魔法の準備しとく」
 ……準備?
「目的地のイメージをしっかり固めておくの。……それに失敗すると、今日みたいな事に……」
 首をかしげたのに気づいたらしく、簡単に説明してくれた。
「神殿……に続く長い階段……青く光る木……」
 目を閉じて何やら呟いている。それにしても青く光る木なんて物が自然にあるものだろうか。
「よし、オッケー! じゃ、行こうか」
 荷物を抱えて戻ってきたウーノたちに手を差しのべながら言う。
「手を繋ぐの?」
「そんな事しなくても大丈夫だと思うけど、人を連れて飛ぶのは初めてだし、念のためね」
 ニコニコと笑いながら荷物を受け取り、ウーノの右手を握る。
 トレがウーノの左手をとったから自分は自然とノーヴェと手を繋ぐ事になる。……いや、トレと手を繋ぐというのもあるが、ノーヴェの方が近かったし。
「皆、しっかりとつかまっててね」
 目を閉じ、息を静かに吸い込んで……。
「ダーマの神殿へ……《ルーラ》!」




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