Brother-in-law
〜2〜
「そう言えば……」
「そう言えば?」
「他の二人はどうしたんですか? 仲間なら行動を共にするかと」
「……ウーノ君が体の調子を崩してしまって。大事をとって、おじ様に預けてきました。クワットロさんはその付き添いに」
「そうですか。……姉上も残りたかったのでは?」
「ウーノ君も心配だったけれど、私はあなたのことがもっと心配だったんです」
「……ありがとうございます」
カズチャ村までは、母の墓から半日ほどの所にある。ここら一帯のボスであるポギーが側にいるため、獣のたぐいは襲ってこない。姉と二人で雑談しながら歩く。……ノーヴェはというと、自分たちの後方でポギーとたわむれながら付いてくる。
……てっきり先頭を歩いて引っ張って行くのかと思っていたが、姉曰く彼は極度の方向音痴らしく、先頭を歩かせるわけにはいかないそうだ。
「……姉上、ノーヴェさんはどういう方なんですか?」
「……言っても信じませんよ?」
「信じますよ、他ならぬ貴女の言葉ですから」
ほんの少し首を傾けて、内緒ですよと人差し指をたてながら彼女は言った。
「ノーヴェさんは……天使なんです」
「……天使」
これはあれだろうか?
姉にとって彼が天使だと、彼は神が使わした運命の人だとでも言いたいのだろうか。
もしそうならば、一度手合わせしとかねばならないだろう。……弟として。
山を登り、毒の沼を越え、やっと母の故郷にたどりつく。獣のたぐいは襲ってこないが死霊はそうはいかない。幾度か襲われたが、まあ苦労はしなかった。
ポギーが率先して戦ってくれたし、自分も剣の心得がある。それに加えて姉の回復魔法もあるのだ。怖いものはない。
「君は強いんだね」
「皆を守れなければ、族長にはなれませんから」
自分の言葉に感じられた冷ややかなトゲに胸が悪くなる。彼は自分を助けようとしてくれているのに……なんていう態度をとっているのだろう。
「あ、着きましたよ」
トレが何も気づかず前方を指差す。そこには固く閉ざされた門がある。……いったいどうやって開けるつもりなのだろう。
「ナムジン、ここに手を置いて」
言われた通りに門の合わせ目に手のひらをあてる。だがひんやりとした木の感触が伝わってくるだけで何もおきない。
「お願いします、パルさん」
……?
自分は、母の名前を彼に教えてはいない。……なら、彼は本当に?
そんな疑問がよぎったのは、ほんの一瞬。それよりも目の前で起きた異変の方が重要だった。
「……な!?」
手をあてた場所から淡い光が発せられる。その光は瞬く間に全体に広がり、門を軋ませる。
目の前で永遠に閉ざされたままかと思われていた門が開く。それを横目に見ながら、ノーヴェは自分へと笑いかけた。
「君の母親がカズチャ村の出身なら、その子である君だってカズチャの血を引いている。だから君もこの門を開く事が出来るんだよ」
「ならあなたは……私はいつでもここに訪れる事が出来たと?」
「……それは、難しいんじゃないかな。方法を知らなければそれを為すことも出来ないし。……けど、これからはいつでも来れ」
「ノーヴェさん危ない!」
ノーヴェの背後に仮面の魔物が現れる。姉の声に反応した彼は振り向くと同時に腰の剣を引き抜き、振り切った。
「人の話を遮るなんて失礼なヤツ」
真っ二つになった魔物が音をたてて地面に転がった。
いきなり襲われたというのに、彼に焦りは見られない。しかも一刀で魔物を斬り伏せたあの剣筋は中々のものだ。
「……強いんですね」
「そうでもないよ。……皆に助けてもらわなきゃ、自分の目的すら果たせないんだから」
彼の目的?
もしや姉の言っていた黄金の果実は彼が探している物なのだろうか。
「あのやぐらの向こう側に、小さな洞穴がある。そこにアバキ草があるそうだよ」
いつの間に、そして誰に聞いたのだろうか。……いや、もう何も言うまい。
彼は教えたはずのない自分の母の名前を知り、伝えられていなかったはずの門の開け方を知っていた。
彼は本当に母の存在を感じとっている……。姉の力を越える何かを持っているのだろう。
「それにしても死霊が多いですね」
「……掃討してしまいたい所だけど、今はアバキ草を手に入れる事を優先しよう。残してきたウーノたちも心配だし」
その通りだ。村の惨状は心に痛いが、今はアバキ草を手に入れなければ。
でも、いつか……。ここを元通り人の住める場所にしたい。
「……いつか、必ず成し遂げましょうね」
「はい、姉上……」
背中を優しく叩かれ先を促される。それに従い前を見て見れば、ノーヴェが早く来いと手をふり、すっかり彼になついてしまったらしいポギーはなぜ来ないのかと首をかしげている。
「行きましょう、ナムジン。今は集落のことを考えなければ」
「何だか変わった匂いがしますね」
香りのきつい香草をまとめて数本焚いたような匂いが洞穴全体に広がっている。その匂いを嫌ってか、ポギーは洞穴の中まで入ってこない。死霊避けに聖水を彼にふりかけて、ここで待つように言い含める。
「すぐに戻ってくるからね、待っているんだよ」
振りかえってみれば、なぜか姉たちは進もうとせずに、奥を呆然と見つめていた。
「それは……本当なのですか?」
「うん……」
「どうしたんですか?」
「ナムジン……」
ノーヴェがどこか悲しげな表情で振り返った。
「……ナムジン、カズチャ村の人達がいるよ」
奥を見てみるが自分の目には誰もいないように見える。
「死んでいるのに気づいてない人、気づいているけどアバキ草があるからとどまっている人……。皆、ここにはアバキ草があるから安心だって言ってる……」
「安心とは?」
「魔物はアバキ草の匂いを嫌って、ここには入って来ないんだって」
……なら、もしも。自分たちがアバキ草を摘んでいってしまったら、どうなるのだろうか。……そんなこと、考えずともわかるではないか。
「……っ!」
諦めるのか、ここまで来て?
いや、そんなことができるわけがない。シャルマナは父を唆して戦いを始めようとしている。
それは最初は小さな小競り合いからかもしれない。……だが小さな火種はやがて草原全体を巻き込む大火となりかねないのだから。でも、だからといって、彼らの平穏を無断に壊してもいいのだろうか。
すでに死者……自分の目にはうつらないからといって、切り捨てるのは躊躇われる。
「……ノーヴェさん、私の声は彼らに届くんでしょうか」
「うん。届くよ?」
「そうですか。……なら」
大きく息を吸い込み、前を見据える。この瞳には何もうつらないが、カズチャ村の人達がいるであろう、そこに向かって声をはりあげる。
「私はカズチャ村パルの子ナムジン! 草原の災厄をはらうため、アバキ草をいただきに参りました。アバキ草がこの村にとって失いがたき宝であることは理解しています。ですが、草原の平和を守るためにどうしても必要なのです。どうか、譲っていただきたい!」
痛いほどの沈黙が場を支配する。しかし空気がやわらくゆれたように感じられた。
「ノーヴェさん、彼らは何と?」
「うん。必要なら持って行きなさいって。……っていうか、アバキ草って一本きりじゃなくて、そこそこの数が生えてるそうだよ」
「……本当ですか!?」
……そういえば誰も一本しかないなど言っていない。ただ自分が思い込んでしまっていただけだ。
しかしそれならばアバキ草を摘むことに頭を悩ませることもない。自分たちが持って行っても、まだアバキ草が残るのならば、彼らの平穏は保たれる。
「本当は、天国に行ってもらいたいけど……」
「皆さんがここに留まりたいと言うならば、無理強いするわけにはいきませんよ」
「うん、そうだね。ここには同じ村民の人達もいるし、魔物も襲ってこない。無理に、天国に行かせる必要はないか……」
沈んだ気持ちをはらうかのように、ノーヴェが頬をパンパンと叩いた。そして今見せた沈んだ表情が嘘のような笑顔をナムジンに向けて言った。
「さ、アバキ草を採りに行こうか。草原の平穏を守る事が、ここの人達を守ることに繋がるだろうから」
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Scribble <2010,07,25>