Ambition

〜1〜


 毎日がつまらなかった。
 無理やり教え込まれる勉学も、成績しか興味のない親も、何もかもがうざったい。
 こんな学校になんか来たくなんてなかった。
 ああ……でもつるめる仲間が出来たのだけはよかったかもしれない。
 だから……生徒の行方不明事件が正直怖い。自分が巻き込まれるのはどうでもいいが、奴らがいなくなったらどうしようかと思う。 いや、悩む必要なんてないか。
 元凶をぶん殴って助けてやればいいんだから!



「なあなあ、モザイオ。知ってるか?」
「なんだよ?」
「神学の臨時講師と雑用とか食堂の手伝いする人が来るらしいぜ」
「そういえば理事長が探偵を雇ったなんて噂を聞いたな」
 大方、その誰かが探偵なのだろう。いや、もしかしたらその全てがそうなのかもしれない。
 ゴロリとベッドに横になり大きく息をはく。
「どーでもいいだろ? 俺らにゃ関係ねーし」
 先公どもが何を考えて何をするかなんてどうでもいい。どっちにしろ自分達の退屈な日々に変化があるわけではないのだ。
「あーあ、明日さぼっかなー」
 学校をさぼった所で遊びに行く場所などここにはない。そして戦えなければ遠出することもできない。
 ……さながらこの学園は安全な監獄といったところか。
「あれ?」
 すっとんきょうな声に気付いて体を起こすと、そこには水色の髪をした子供がいた。……自分だって子供に分類される年だが、彼はそれよりも幼い。入学規定の年齢を達しているのかも怪しいくらいだ。
「おれの部屋はここだって聞いたんだけど……」
 首をかしげるその少年はエルシオンの制服を身に付けていた。しかしブレザーも余りぎみだし、ズボンにいたってはサイズがまったくあわなかったのだろう、指定の物ではなく半ズボンだ。
「……なんだ、お前」
「おれはウーノ!」
「別に名前はきいてない」
 制服を着ているということはこの学園の生徒なのだろうが、彼を見かけたことはなかった。広い学園だから知らない顔も多々あるが、こんなにも小さな少年なら今まで噂にも聞いたことがなかったというのは不自然だろう。
「お前はなんだ……とかきくから答えたんじゃないか。おれは明日からここで勉強するんだ」
「……こんな時期からか」
 中途入学というのはなかった気がするが。自分が知らなかっただけだろうか。
「いろいろあってねー。こんな時期になっちゃったんだ。っていうか、結局ここはおれの部屋なの?」
「ああ。悪いな、今出ていくよ。そこらに散らばってるのは適当にまとめといてくれ、後で取りに来る」
 気に入り本を片手に部屋を出る。ウーノと名乗った少年とすれ違うさいに、何となく彼の頭に手を置いた。
「なに?」
 小さい。本当に小さい。近づいてみてわかったが、背は自分の半分強しかないし、ずいぶんと痩せてる。
「いや、何でもねえよ。勝手に部屋使って悪かったな」
 ガシガシと撫で回してから、彼のそばを離れる。今から汚い自分の部屋に戻るのもなんだし、食堂で茶でももらおうかと階段に足をかけた時、声をかけられた。
「なあ! 名前はなんていうの?」
 振り向いてみると、ウーノがなぜか握りこぶしを固めてこっちをにらんでいた。
 ……名前をきくくらいで力む必要はないだろうに。
 あれか? 友達百人できるかな、とかを実行しようとしているのか?
 ……まあ、それに付き合ってやるのも悪くない。自分が彼のオトモダチ第一号になってやるさ。
 ……もっとも"悪友"だがな。
「俺はモザイオだ。じゃあな、ウーノ」



 つまらない一日がやっと終わり、人であふれかえった食堂にやってきた。行動の早い者はすでに席で食事を始めているが、大半がまだ食事を受けとれず、受け取り口で難儀していた。
 自分はそこまで腹は減ってないし、もう少し人数が減ってから受け取りに行こうと人だかりを見つめてると、ウーノがいるのに気づいた。
 彼は食事を受け取ろうと人だかりに突入するのだが、しばらくするとはじきだされてしまっている。
「あいつ……小さいからな」
 小さくため息をついて立ち上がる。
「モザイオ、もう少し待つんじゃなかったのか?」
 疑問の声をあげる友人に席を一つ余分に確保しておくように伝え、食事獲得戦に加わる。押し合いへし合い、足を踏み踏まれ……うっかり女子の胸をさわったりもしてしまったが、なんとか無事に食事を確保した。人の塊から抜け出し、未だに少しも進めていなかった小さな少年の首根っこを捕まえ自分たちの席まで引っ張ってくる。
「モザイオ?」
「ほらよ。これ、食っとけ」
「いいの?」
「ああ。俺たちは今からとってくるから、お前はこの席を死守してろ」
 友人たちを促して、再度食事をもらいに行く。たった少しの時間しかたっていないが、混雑はおさまり、ちゃんとした列が出来つつある。
 食堂手伝いをしている褐色肌の青年から食事のトレーを受けとると、そこには飴玉が数個のせられていた。……さっきウーノに渡したトレーにはなかったし、ちらりと他のトレーを見てみるが、そんな物はのっていない。
「これ……」
「ウーノを助けてくれたお礼だよ」
「あんた、あいつの知り合いなのか?」
「まあね。さあさ、後ろがつかえてるんだから、早く進んで」
 食事を持って席に戻ると、ウーノは教科書を読んでいた。食事には一切手がつけられていない。……先に食っておけばよいのに。
「……お前、よく勉強ばっか出来るよな」
 これまで授業でなんどか一緒になることがあった。その全てで、彼はまるで食らいつくかのように授業に打ち込み、休み時間さえも教師に質問しているか図書館で本を読んでいるか……はっきいって遊んでいる所を見たことがない。
「勉強がそんなに楽しいのか?」
「楽しいわけないじゃん、そんなの」
 教科書を置き、ようやく食べはじめた少年が、あっけらかんと答えた。何でそんなバカなことをきくのかという目をしている。
「だってよ、お前勉強ばっかしてんじゃんよ」
 そう問いかける友人の言葉に彼はこう答えた。
「だってさ、できることが増えるのは嬉しいし。勉強すればわからないことがわかるようになる。どうすればいいかわからなかったことがわかれば、それをできるようになる。そうやってわかることできることが増えていけば、いつかはおれだってすっごい魔法使いになれるかもしれないじゃんか!」
「そんなもんなのか?」
「うん! それにさ、ねーやんが勉強なんてできる時にやっとくもんだよ……って。出来なくなってから後悔したって遅いからって」
「ねーやん?」
「うん。あれ」
 そうしてウーノが指差したのは厨房で働く褐色肌の青年。やっと食事の配給に一段落ついたらしく、こちらに背を向けて鍋を洗っていた。
「あれ、女なのか」
「うん。胸はないけど、すっごくいいヒ……」
 そこで自分の失言に気づいたらしい、バッと厨房に顔を向ける。だが彼女はこちらに背を向けたまま。……どうやらウーノの声は届かなかったようだ。
「あっぶないあぶない……」
 わざとらしく額の汗をふく彼に顔を近付ける。近づいた分だけ離れようとしたウーノの手をとらえて口をつり上げた。
「そんなに、あいつが怖いのか?」
「……怖いっていうかさ。ねーやん、すぐに怒るし説教するし……。怒る時はだいたい自分が悪い時だから逃げ道なくてさ、辛いんだ」
「じゃあ、夜中に学校に忍び込むなんてできないな」
「何それ?」
 ウーノの疑問の声を受けて、隣に座る友人が説明をはじめる。
「夜中に学校の天使像にふれると何かが起きるって言われてんだよ」
「それを度胸試しにしようってわけさ」
「へー」
 ウーノの目がキラキラと輝く。どうやら興味を持ったようだ。
「お前も来るか?」
「うん!」
「よし。じゃあ、就寝の鐘がなるころに宿舎の裏で集合だ」




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Scribble <2010,08,10>