Ambition
〜2〜
「モザイオ!」
夜闇を切り裂くように友人らの叫び声が響く。
体の自由がきかない。自分の意思に関係なく足が動き、柵を乗り越える。
「モザイオ!?」
屋上から地上へ。一瞬の浮遊感ののちに怪我もなく降り立つ。
「バカっ! そんなに乗り出したら落ちるぞ!」
「でもっ! でもモザイオが連れてかれちゃう!」
「だからってお前みたいなチビが飛び降りたりしたら怪我じゃすまないって!」
自由のきかない体を必死で動かして屋上に視線を向ける。すると屋上では自分を追いかけようとするウーノを友人たちが必死に引き留めていた。
しかしそれを視界にとらえられたのは一瞬だけのこと、凄まじい勢いで自分の体は運ばれていく。
校舎の前を横切り、エルシオン卿の墓へ。そこから続く旧校舎を突っ切り、たどり着いたのは古びた教室だった。
「お前……モザイオ?」
「あなたも連れて来られたの?」
そこには先客が二人いた。……行方不明になっていた生徒だ。彼らは怪我はないようだが、目の下にくまをつくり、憔悴しているようだった。
『では授業をはじめる。席につきなさい』
背後から見知らぬ声が聞こえた。その言葉にあわせて足が動き、彼らの隣に並ぶ。
「何が授業だ! 俺たちを帰しやがれ!」
『授業中の私語は厳禁』
全身に稲妻がはしる。痛みこそないが、ショックで体が硬直する。かろうじて目玉だけは動くが、それ以外は指一本動かせず、声を出すことも出来ない。
「ダメだよ、逆らえないんだ……」
『そこ!』
「す、すいません、先生! あの、モザイオ君に授業はちゃんと受けないとって注意したんです!」
『注意ならこちらでする。君は黙って授業を受けなさい』
「ひゃい!」
怯えきった声をあげて男子生徒が硬直する。自分のように拘束されたわけではなく、ただ恐怖で動けないようだ。女子生徒も怖いのだろう、すすり泣いていた。
「帰りたい……帰りたいよ、お母さん」
幸い、彼女の呟きは届かなかったらしく、化け物はこちらに背を向け、黒板に何やら書き出した。……奴は本当に自分等に授業をするらしい。
「モザイオー! どこー!」
遠くから聞こえてきたのはウーノの声。その声と共に剣劇の響きがここまで届く。
「……! ウー、ノ……来る、な」
自分の願いとはよそに、足音はどんどん近づいくる。そして……。
「ここ!? あ、あかない!」
「ウーノ、退いて!」
「こっちの方が早いよ! ……イオ!」
扉辺りで小さな爆発が起きる。その爆発の向こう、煙の漂う廊下には小さな友人と三人の男女。その全てが防具で身をかため、思い思いの武器を手に持っていた。……そう、自分の小さな友人もだ。
戦闘などには疎い自分にもわかるほど使い込まれた盾を左手に、身長の倍近くありそうな杖を右手に。そして魔法が織り込まれているのだろう衣服が小さな体を包んでいた。
「モザイオ助けに来たよ!」
杖の先にはまだぼんやりと魔法の光が残っている。つまり、先ほどの爆発魔法はウーノが放ったものだったのだろう。
「……バカっ! 逃げ……ろ!」
爆発魔法を使ったということから、彼が魔法使いなのだとはわかった。だが、ウーノがあの化け物を倒せるとは思わなかった。なんせ彼は小さな子供なのだ。自分のように縛られて終わりだ。
『授業の妨害をするつもりか。お前たちは廊下で立っていなさい!』
化け物の持つ指し棒に怪しげな光が灯る。それがバチバチと火花をあげ、放たれようとしたその瞬間、ウーノが杖を構えて叫んだ。
「身を縛るは鎖、閉じるは錠前。我が魔はそれを解き放つ鍵!」
化け物の稲妻が彼らをうつかと思われたその瞬間、柔らかい光が彼ら包んだ。その光が稲妻を弾き飛ばす。
「よし! 効いた! 勉強したかいあったー!」
ウーノが小さくガッツポーズをとり歓声をあげる。その頭をそっと撫で、食堂で働いていた褐色肌の女が化け物と自分の間にわってはいった。
「私たちは君たちを助けに来た。大丈夫、必ず帰してあげるから」
次々と化け物に対峙しはじめる男女をよく見てみると、彼らは最近学校内で見かけるようになった人たちだった。黒髪の男は学園内の雑用をしていたし、ピンク髪の女は神学の臨時講師だ。そして食堂の女を加えた三人は自分の思っていた通り、学園長がやとった探偵だったのだろう。ただ真実はそれでは足りなかっただけだ。正確には探偵は四人で、その最後の一人は生徒の中に潜りこんでいたこの……
「待っててモザイオ! すぐにあいつをやっつけて助けてあげるから!」
小さな探偵が自分を庇うように前に立った。せめて彼らの邪魔にならないように退避したかったが、自分を縛る鎖はとけそうもない。
目の前で魔力の嵐が吹き荒れる。
時には炎の、時には氷の、時には真空の……化け物の放つそれとウーノたちの放つそれは互いと教室を傷付けていく。
しかしそれを間近に感じることはあっても自分が傷付くことはなかった。全て、彼らがかわりに受けてくれているのだ。
教室のすみに逃げた二人の生徒や自分に魔法が届きそうな時、彼らはその間に自らの体をねじ込み、魔力の奔流を自身を防波堤としてせき止めてくれている。もちろん、無事でいられるはずがない。その度にひどい怪我をおい、その傷を魔法で無理やり癒して立ち上がる。その繰り返しだ。
……辛い、心が痛い、無力な自分が憎い。
友が自分のために傷ついているというのに、自分は何も出来ない。いや、彼の足を引っ張っることしかできない!
―効いた! 勉強したかいあった!―
―勉強なんてできる時にやっとくもんだよ。出来なくなってから後悔したって遅いから―
脳裏に浮かんだのは少年の言葉。もしかして真面目に勉強していれば、今この時何かが出来たのか?
……そうかもしれない。
自分には学ぶ時間があった。剣も武術も魔法も、そしてこの体を縛る魔力に抵抗する術すらも、学ぶ機会はたくさん与えられていた。ただ自分がそれから逃げ出していただけだ。
面倒くさいと、つまらないと目を反らし逃げ続けたツケを今、払わされている。
ああ、ちゃんとやってればよかった。せめてプリズナー先生の授業だけでも真面目に受けてればよかった。そうすれば彼の盾になることぐらいはできたかもしれないのに。
「……う」
ウーノの体が軽く傾ぎ、自分へともたれ掛かってきた。息は荒く、肩は大きく上下し、盾を持つ手は細かく震えている。
その手が疲労からか、恐怖で震えているのかはわからなかった。
「もういい……もういいよ、ウーノ。もう頑張らなくていい、俺をおいて逃げてくれ」
戦いの中、自分に構っている暇がなくなったのか、拘束はずいぶんとゆるくなった。だが足はまだまともに動いてくれない。自分はいまだに彼らの足かせと化している。
きっと――自分さえいなければ彼らはとっくの昔にここを脱出していたはずだ。たとえ化け物が地上まで追ってきたとしても、上には教師たちがいる。この極寒の地で生徒たちを守り続けている彼らの手を借りればずっと楽に戦えたはずなのだ。
「モザイオは――そんなこと言われて逃げられるの?」
「バカ野郎! お前をおいて逃げられるかよ!」
「……うん。おれも同じだよ」
「でも……!」
さらに言いつのろうと口を開いた瞬間、気温が急激に下がりはじめた。
「……っ! モザイオ動ける!?」
必死で体を動かすが、やはり足は動いてくず、バランスを崩してしりもちをついてしまう。今からはって逃げたとしても魔法の範囲外には逃げられない。それならば……。
「お前のために逃げてやれない……けど!」
動かない足を手で無理やり立たせて片膝をたてた姿勢をとる。足が動かないせいでバランスを崩しそうになる上体を必死で支え、友人に手を伸ばす。
「モザイオ!?」
左手を盾持つ少年の手の上に、右手は支えるのが困難になりはじめていた杖に重ねる。
「お前のために逃げてやることも戦ってやることも出来ないけど……せめて支えてやるよ。だから――お前はあいつをぶっ飛ばせ!」
「――うん!」
手の震えが止まる。杖の先には彼の返事と同じような力強い光がこうこうと輝きはじめる。
その間も気温は下がり続け、とうとう臨界点を突破した。
『ヒャダルコ!』
教室の床が凍りついた。凍りついた床から氷柱が何本も飛びだし周りを破壊していく。
「……きた!」
迫ってきた氷柱が盾にぶつかる。うまく力を受け流す形に盾がかまえられていたんだろう、氷柱は自分たちを傷付けずにはじかれた。しかし衝撃までは完全には押さえられない。思わず倒れそうになるが必死でこらえる。
「……っ! ウーノ無事か!?」
彼は答えない。ひたすらに前を見つめ、呪文を唱え続けている。
「――イオラ!」
ウーノの杖から光が放たれる。その光が氷柱に触れた瞬間、凄まじい爆発が起きた。その爆発は氷柱を砕き、教室をきしませる。
その光と爆音の中、化け物がゆっくりと崩れて落ちていった……。
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Scribble <2010,08,15>