Ambition
〜3〜
キンと冷えた空気がやけに気持ちいい。明るく晴れ渡った空に目を向けたまま、こう切り出した。
「終わったな」
「うん、終わったね」
「もう行方不明事件なんて起きないよな」
「起きないよ」
会話が続かない。お互いに告げるべき言葉はわかっているのにお互いに言い出せない。
「……出ていくのか」
「うん……」
「わざわざさ、旅に出なくてもいいじゃん。ここに残ってさ、一緒に楽しくやろうぜ」
「うん……でもおれ、ここの生徒になれたわけじゃないから――残れないよ」
「……」
ウーノは行方不明事件を解決するために生徒としてこの学校にいた。その事件が解決した今、学校が彼を生徒としておいておく理由はない。
「ウーノ、俺さ……勉強頑張ろうと思うんだ。もう後悔したくないし、やりたいこともできたしな」
暗い雰囲気を変えたくて、わざとらしいまでに明るい声で切り出す。
「やりたいこと?」
「たくさん勉強して先公どもの信頼を勝ち取って……生徒会長になる。それでこの学園を変えるんだ! 退屈でつまんない学校を俺が変えてやるんだ! だから……」
――ああ。ダメだ。やっぱりここに戻ってくる。
「だからここに残れよ」
「おれだってここにいたいよ。でもねーやんたちと旅をしたいって気持ちが同じくらいある。だから、今ここに残ったら絶対に後悔する」
「じゃあ、旅が終わったら帰ってこいよ」
「……おれさ、親がいないんだ、孤児なんだよ。この学校って入るのが大変なんでしょ。金もない、家族もいないおれは」
「私たちはあなたの家族のつもりでしたが?」
ウーノの言葉を遮って現れたのはピンク髪の臨時講師だった。彼女はふわふわと微笑みながらこう続けた。
「私たちのかわいい弟が勉強したいと望むなら、私たちだってそれなりに努力します」
【交渉したのはノーヴェだがな】
黒髪の男が現れ、黒板を差し出してきた。っていうか、こいつ口がきけないのか? ……知らなかった。
「交渉? そういやなかなか戻んないと思ってたけど、何してたの?」
「もちろん君の入学手続きを」
「へ?」
間抜けな声をあげるウーノに褐色肌の女が三折りにされた紙を手渡す。それを広げて確認したウーノの顔が喜びに染まるのを見て、彼女は満足げに笑いながら言った。
「正確には入学試験の手続きだけどね」
ウーノに手渡された紙を隣から覗き込む。それはこの学院への受験手続きするための書類だった。しかし通常の物とは違う一文が付け加えられている。
――合否に関して、面接結果を一切考慮にいれない。試験の結果のみで決定するものとする――
「えっと、つまり……?」
「おれががんばっていい点とれば合格できるってことだよね!」
「そ。ややこしい面接とかは免除してくれるって」
「いえ、面接自体は行われますよ? ただそれは形だけ。面接なんてしなくてもウーノ君のことを校長たちはわかってなさってますし」
「なあ、どういうことなんだ?」
黒髪の男にきくと、彼はなぜ自分にきくんだという風に顔をしかめ、しかしその答えを手早く黒板に書いてくれた。
【この数日間、生徒として勉強に励むウーノを彼らは見ている】
「もともと面接はその子の素行とかを見るもの。それに問題がないことを彼らは直接見て知ってるから、面接なんかしなくてもいいってこと」
「でもさ、家庭環境とかは? ここってそういうのもけっこううるさいし」
「あー……それはー」
話すのがためらわれるのか褐色肌の女が目をそらす。しかしそれを意にかいさずに男が黒板を出す。
【それはノーヴェがねじ伏せた】
「は?」
「親がいないとか些細なことで『子供たちは可能性の卵』と言っていたエルシオン卿の言葉を無視するつもりか――と説得なされまして……」
「ともかく! ウーノがこの学園で勉強したいと望むなら、あとは君が頑張るだけでいい。君は努力できる子でしょう?」
「うん! ってことだからモザイオ。おれ、またここに帰ってくるよ!」
「おう!」
用意はしていたが口にすることのなかった別れの言葉を、頭の中からきれいさっぱり追い出して、かわりにつむぐのは再会の約束。
「春にまた会おうな。うっかり試験に落ちたりすんなよ」
「そっちこそ! おれが戻ってくる前に退学とかなんないでよ」
お互いに軽口を叩きあって、互いの手を打ち鳴らす。軽くしびれの残る両手を首の後ろに回し、金具を外す。
「これ、持ってけ」
それは金色に輝くエルシオン学院のエンブレム。そのペンダント型をした学生証を彼の首にかけてやる。
「それやるよ。お前がここのことを忘れないようにな」
「忘れたりしないって。でも、うん。ありがとう、大切にするよ。春には正真正銘、このエンブレムの似合うおれになって帰ってくるから」
聞いたことのない呪文を唱える褐色肌の女の手をつかむ。そしてあいている方の大きくふった。
「じゃあ、モザイオ……またね!」
「ああ、またな!」
ウーノたちが魔法の光に包まれ青空の中へと翔んでいく。その魔法の軌跡が消え失せるまで、モザイオは彼らを見送ると、大きく伸びをし、深く息を吸い込んだ。
「よし! やるぞ!」
あの小さな友人だって、これから今まで以上の努力を重ねるのだ。自分だって負けてられない。
これからどれだけ変われるか、変えられるかわからないが、やれるだけやってみよう。
――少なくとも自分のこの気持ちは変わったのだ、やって無駄なことなんてないはずだ。
「とりあえず、あいつを見習って勉強からかなあ……」
モザイオはそう呟くと、自らの学舎へと戻っていった。
――今までとは違う、晴れやかな気持ちで。
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Scribble <2010,08,22>