Believes
ともかく痛かった。
切られた傷も落下の際に打ちつけた体も……。しかし何よりも、それが誰よりも信じていた師に為されたというその事実が痛かった。
「……」
考える。あのときのことを思い出してひたすら考える。
「……なんでイザ師匠は何も説明されなかったんだろう?」
「は? ナニ言ってんの。天使裏切るのに説明する馬鹿なんているわけないじゃん」
サンディの言葉はもっともだ。しかし師匠であるイザヤールという天使は、そういう類の馬鹿なところがある。というか生真面目すぎるのだ。単なる軽口はもちろん、己の行動全て
に重大な責任が生じると背負うタイプの天使だ。だから裏切るにしても説明を求めれば答えてくれたはずだ。
しかし事実はそうではなく、彼は天使の理を用いてまで自分の追及を押さえ込んできた。
「……それもおかしいんだよね」
「ナニが?」
「うん。今までイザ師匠が天使の理を私に対して持ち出したことなんてないんだ」
「アンタが逆らったことないだけじゃないの?」
「ないと言えばないけど……。でもあの人はこちらの意思をねじ伏せるような真似は一度もした事がない」
だから信じたい。
彼は天使界を裏切ってなんかいない。何か自分にも言えぬ事情があったのだと。
「アンタが信じたいって言うならそーしたらいいケド。実際これからどうすんの?」
「追いかけて問い詰めたい。また天使の理を持ち出されて切り捨てられて終わりかもしれないけど、それでも信じたい、あきらめない。イザ師匠が根負けして話してくれるまであの方を追いかける!」
「じゃあ、早く怪我治さないとね」
「そうなんだけどねー。やっぱりショックだったし気力がなくて……そのせいで魔力が回復してくれないから回復魔法もかけられないよ。いつまでもティルたちに迷惑かけてたくないんだけどね」
「トレがいてくれれば一発なのに」
「そうなんだけど。天の箱舟から落っこちてきたこの場所が分かるはずな」
その時、バタンと大きな音を立てて扉が開かれた。逆光になっているせいで誰かは分からないが、その背丈からティルでも村長でもなく、ましてや今話題に上げたトレでもない事はすぐにわかった。
「……誰?」
その人物がずかずかと部屋の中に入ってくる。それが誰なのかノーヴェが理解したとき、彼女はその人物に抱きしめられていた。
「クワットロ!? ってか痛い痛い!」
悲鳴に反応してクワットロがノーヴェから体を離す。そして右手に淡い光を生じさせ、彼女に当てた。
「……ありがとう」
クワットロの脆弱な回復魔法では傷はほとんど癒えはしないが、その気持ちが嬉しい。……心が、軽くなる。
「……。……?」
「ごめん。何言ってるかわかんない。というかどうしてここが分かったの?」
クワットロは服の中にしまいこんでいたそれを取り出し、彼女へと突きつけた。
「そっか対なる装身具があったんだ」
それはウォルロ村の水底から回収した魔法具だった。天使界に帰る際、いつか必ず彼らの元をたずねるから、と彼に預けたままにしていたそれが逆に彼らをノーヴェのところまで導いてくれた。
【これでおまえをおっていたらいきなりおちだして】
【いったい何があった?】
よほど気が急いているのだろう、字がずいぶんと汚いし読みづらい。
「うん。説明しないといけないね。にしてもトレ達は?」
クワットロが扉の方を振り返る。その瞬間、タイミングよくトレ達がたどり着く。
「クワットロさん、早すぎです」
「おれらじゃにーちゃんについてけないよ」
ぜーぜーはーはーと荒く息をする彼女らにクワットロが頭を下げる。その謝罪を受けるとトレはすぐさまノーヴェの元に歩み寄り回復魔法をかけ出した。
「もう、大丈夫です」
「うん。ありがとう、トレ」
「ねーやんなにがあったの?」
「うん、説明するよ。そしてもしよければ、また私を助けて欲しい。今度は天使界じゃなくて私自身の事情になるんだけれど……」
「どんな事情であれ、お手伝いしますよ。あなたには故郷を救ってもらいましたし」
「おれも手伝う! だって学校に入る手続きしてくれたし、それに」
最後にクワットロがみんなの意見を総集したその言葉を書き記し、ノーヴェへと示した。
【オレ達は仲間だからな】
その言葉に、ノーヴェは満面の笑顔を浮かべた。
師に裏切られて負った傷など、全て癒えきったと言わんばかりの素晴らしい笑顔を――
[ ←BACK || ▲MENU || NEXT→ ]
Scribble <2010,09,19>