朝に関する五つのお題
Wash one's face
アリアンロッド・サガ・アクロス:ツヴァイ&ユンガー
「……眠」
ツヴァイが目覚めると、部屋には誰もいなかった。しかしまあ、これはいつもの事だ。
エルザはもともと違う部屋だし、ユンガーとダインは早起きだ。
手早く着替えると食堂に降りる。そこではダインが朝のお祈りを捧げていた。
「おはよーダイン……」
「……ああ。おはようございます」
「……ユンガーさんはー」
「外で顔を洗っていますよ。あなたも顔を洗って来てはどうですか。ずいぶんと眠そうだ」
「うん。そうする……」
外に出ながら大きなあくびをする。新鮮な空気を取り入れたせいか、少しだけ目が覚める。
大きく体を動かしながら井戸の側に向かうと、桶に水を組んで顔を洗っているユンガーの姿が目に入った。
……結い上げた髪がたれて、桶の水につかってしまっているが、いいのだろうか。
……本当にこの人は几帳面なのか、大雑把なのかわからない。
仕事の面でいえば几帳面で判断力に優れた頼れる人だと思う。しかしその他でいうならば、よくわからない。
毎日髪をきれいに結い上げ、清潔な服を身につけている点では几帳面といえる。しかし無精髭を生やしたままだったり、今のように髪が濡れても無頓着だったりする点では大雑把だ。
「(ま、どっちでもいいか)」
それよりも少し気になっている物がある。
顔を洗うために外された彼の眼鏡。それを隠してしまったらどうなるだろう。……怒られるのは確定しているが、たまにはいいだろう。
ツヴァイはそっとユンガーの背後に近づき、眼鏡に手を伸ばした。……どうやら気付いていないらしい。そのまま眼鏡を懐にしまう。
その直後にユンガーの手が眼鏡を求めてさ迷った。置いた場所にないと気付いた彼は周りをぐるりと見回してから振り返った。
「……ツヴァイ。私の眼鏡を返せ」
「見えてるんですか!?」
「いくら私の目が悪いといっても、人の輪郭と髪色くらいは見分けがつく。……私の背後をとれる者で赤毛はお前だけだ」
「え?」
ツヴァイの目がキラキラと輝く。彼が自分の事を認めてくれるなんて初めてだ。
しかし眼鏡を受け取りツヴァイの表情を確認したユンガーはそれを否定した。
「何を勘違いしている。私はお前に背後をとれる実力があるとは言ってない」
「じゃあ、どういう意味なんですか」
「私はシーフだぞ? 私の背後を実力でとれるのはカテナ隊長ぐらいのものだ。……私にとってお前は気にかけなければならない人間ではないと言っているのだ」
「……なんすか、それ」
ツヴァイの顔が不機嫌そうに歪む。それを見てユンガーは首をひねり、こう続けた。
「ふむ。少々言葉が悪かったか。……私にとってお前は警戒せねばならない人間ではないと言えばわかるか」
どちらにしても失礼な事を言っているような気がする。いや、しかし。彼は言い方が悪かったと言って、こう言い直したのだ。これはそういう意味でとるべきではないだろう。
「……その警戒しなくていい人間にダインやエルザ姉ちゃん、ミリアは入りますか?」
「……ミリアはともかく、エルザとダインは入るな。ダインは人間ではなくエクスマキナだが」
ユンガーが薄く笑う。
……ああ、やはりそうか。
彼は自分たちより実力の劣るミリアを警戒しなくていい人間から除外し、自分たちの名をあげた。
つまりそれは、自分たちが実力がないからではなく、信頼にたる仲間だから警戒しなくていいと言っているのだ。
信頼する仲間だから動向を探る必要がない、気配をよみとる必要がない。それに加えて……これは推測でしかないが、共に過ごす自分たちの気配はユンガーにとって近しい物になっているのだろう。
だからこそ彼は自分の気配に気づかない。気づく必要もないのだ。
「顔を洗うなら早くしろ。お前にはエルザを起こしてもらわなければならん」
「……はい!」
大きく返事をして、勢いよく水を顔に叩きつける。
……今日はいい日になりそうだ。
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