家事にまつわる五つのお題
Washing 〜 ノエルトラン〜
ノエルが目を覚ますとすでに仲間たちの姿はなかった。確かエイプリルは出かけると言っていたし、クリスはたぶん神殿にでも行っているのだろう。
でもトランは今日は本を読むと言っていたような……。
何故いないのだろう……。
部屋を見渡すと彼のマントがないのに気付いた。そして開け放たれたままの彼の鞄を見つける。
「あれぇ……?」
トランはどちらかというと、几帳面な方だ。こんな風に荷物をほったらかしにして出かけるとは思えない。
「〜〜♪」
窓の外から鼻歌が聞こえてきた。
窓から外を見下ろすとトランが鼻歌を歌いながら楽しげに何かをしていた。
「おはようございます、トランさん。何をしてるんですか?」
トランが立ち上がり振り返った。しゃがんでいたときは気付かなかったが、彼は初めて会ったときの服を着ていた。
「おはようございます。洗濯しているんですけど、ノエルもどうですか?」
「あ、はい。あたしもします、待ってて下さいね」
急いで洗濯物を引っ張りだし、階下に向かおうとドアを開けようとして、ふと気付く。
「いけない、いけない!」
ここには彼以外の人もいるのだ、寝巻で外に出るわけにはいかない。
手早く着替えを済ませて階下に向かうと、彼は桶に水を溜めて待っていてくれた。
「ノエルはそちらでどうぞ」
「はい」
しゃがみ込んで洗濯板で洗濯物をこする。すると恥ずかしいまでに水が汚れてしまった。
「う〜」
「洗濯するのは久しぶりですからねぇ」
「でもトランさんはきれいなのに」
「わたしのマントは魔法の品ですから、ある程度の汚れははじくんですよ」
「へ〜、そうなんですか〜」
「ああ、ノエル。よそ見をしていると手を……」
ガリ
「痛っ!」
「こすると言おうとしたんですが遅かったですか」
トランはノエルの手を包みこみ魔法をかけた。
手がじんわりと温かくなって気持ちがいい。
「もう大丈夫ですよ、気をつけてくださいね?」
「はい、ありがとうございます」
「それから……」
「はい?」
トランは目をそらし、頬をうすく染めて言った。
「わたしも男ですので、そういうものは目に見えない所で洗った方が……」
「え?」
言われて視線を下におろすとその手に握っていたのは……!?
「キャー!?」
「わ、わたしは先に干してきますので、その間にどうぞ!」
トランは背を向けてくれたが、顔の赤みはひいてくれない。
でもそのままうだうだしていても仕方がないので手だけは必死に動かす。……必要以上に力をいれてたかもしれない。
「あの、終わりました」
「じゃあ、干してしまいましょう。今日は絶好の洗濯日和ですよ」
そうやって見上げた空は雲一つない素晴らしい快晴で、彼の言う通り絶好の洗濯日和だ。
マントを並べて干して、それに隠すようにノエルの服が干される。
「それじゃ日に当たらないんじゃ?」
「でも明らかに女の子の服ですからね、タチの悪い人間が持って行ったら困るでしょう?」
念のためですよ、と笑う彼の笑顔は本当に優しくて……
少し、胸がドキドキする……。
「さてと、戻りますか?」
「はい!」
と返事をしたのと同時に……
クゥ〜
ノエルのお腹がなった。
「う〜」
「そういえばノエルは朝ごはんはまだでしたね。早く戻ってご飯にしましょう。わたしもお茶くらいなら付き合いますよ」
赤面するノエルを気遣うようにトランが声をかける。
「さ、行きましょう?」
「はい……」
トランに手をとられて歩き出す。
宿に入る一歩手前で、ふと振り返る。
……青い空の下で並んで揺れるワインレッドのマントとミントグリーンのマント。
彼のマントに隠され、守られるように干された白い服。
「ノエル、何してるんですか?」
優しく呼びかけてくれる彼の腕に抱き付く。
「いいえ、何も!」
並んで揺れる洗濯物が……なんだか、嬉しかった。
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