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家事にまつわる五つのお題

Sewing ~トランクリス~


 周りに注意をはらい、彼の部屋に忍び込む。
 彼は今、湯殿に行っているはずだから部屋は無人のはず。
「いませんね……」
 そしてその通り、部屋には誰もいなかった。
 時刻はすでに夕刻、辺りから明るさは失われつつある。
 だが、明かりをともすわけにはいかない。 
 これは、誰にも気付かれるわけにはいかないのだ。
 トランは薄暗い室内で目的のものを見つけた。
 きちんとシワをのばされ、壁にかけられた青い上着を手に取る。
 それを顔を寄せてマジマジと見つめ、そして彼はベッドの上に腰を下ろした……。


「なにやってんだ?」
「クリス!?」
「何をしているんだ!?」
 語気荒く、彼がまくし立てるが、答えたくない。
「あなたには関係ありません」
「どこがだ! それは私の服じゃないか!?」
 確かに言い逃れのできない物的証拠が手元にある。
 トランはそっぽを向いてぽそりと呟いた。
「繕い物を、していたんです」
「は?」
 よくよく見ればトランの手には針も握られている。
 トランは上着を彼に突き付け、半ば八つ当たり気味に言った。
「ここ! あなた破れたあとを適当に縫ったでしょう!? 布はつれてるし、糸はほつれてるし! 目に入るたびに気になって気になって!」
 そうやって見せられた上着は、すでにトランが縫い直したのだろう、破れたあとがわからぬほど美しく修復されていた。
「あ、いや……その……ありがとう」
「……別にあなたのためにしてるんじゃありませんから。わたしが気になるから繕うだけです」
 そう言ってそっぽを向くトランの顔は心なしか赤くなっているような……。
「もう、この際ついでです。裁縫が必要なものを全て出しなさい。全部まとめて繕ってやります!」
「あ、ああ……」
 クリスが出した衣類を手早く直していく。
 その手際は本当に鮮やかで、縫い目は恐ろしいまでにつんでいる。
「なぁ、トラン」
「なんですか? 話し掛けられると手元が狂うんですけど」
「なんで私に隠れてやろうとしたんだ?」
「…………癖になられると厄介ですからね」
「私はそんなことしないよ」
「どうだか……」
「……なぁ、トラン」
「うるさいですよ。その口も縫ってやりましょうか」
「……ありがとう」
「………………いいえ、どういたしまして」




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